にゃんにゃん、



「ぶーんた」


放課後の練習のとき、甘えるような声で自分の名前を呼ぶ声。どうしたのだろうか、と丸井は噛んでいたガムを膨らませながらふり返る。お気に入りのグリーンアップル味のガムは、今日も味は変らない。そんなことを考えながら呼んだ本人を見てみると、数秒の空間の後、丸井は数回瞬きをした。


「……お前、何やってんだ」
「猫」
「いやいやいや」


何を聞いて来るんだ、というように不満げな表情で仁王は丸井を見る。当たり前の事のように返されてしまうと、なんと返していいのか。まるでこっちが間違っているような錯覚に陥る。丸井は思わず首を横に振ると、再び仁王の顔を見た。


「なんで、んなもん付けてんだよぃ」
「やって今日は猫の日じゃろ?」


丸井がそんなもの、と形容したもの。その装飾品を指差すと、仁王はきょとんとしながら首を傾げる。そんな仕種が可愛いな、と緩んでしまう頬をどうにかして、丸井は言葉と物に同時に抱いた疑問を言葉にして仁王へと投げた。


「…ネコの日?」
「なんじゃ、ブン太は知らんの?」
「いや、知らねえ」


猫の日とはなんぞや、と首を傾げる。そんな記念日が果たしてこの国にはあったのだろうか。こどもの日などと同類のものなのか、はたまた肉の日と同じようなものなのか、丸井は更に頭を悩ませた。本気で考え始めた丸井を見て、仁王は思わずため息を吐く。


「今日は何日かのう」
「今日?確か二月二十二日だろぃ」
「ブン太、そこは感じやのうて数字にしてくんしゃい」


仁王に指摘されて頭の中で英数字に変換する。だがそれでも丸井にはどうして猫の日なのかが理解できない。猫、なんて単語は一つも付いていないではないか。再び仁王を見てみると、そこにはにこにこと満面の笑みを浮かべた仁王が居る。


「な、解った?」
「いや、全然」
「……ブンちゃん」
「あ?」


即答すると、がっくりと目に見えて肩を落とす。そんなに何がショックだったのか。丸井は今の仁王の風貌を見て、再び考えた。現在、仁王は猫耳のカチューシャを付け、猫の尻尾を付けている。どういう仕組みになっているのか、ゆらゆらと揺れる尻尾はまるで本物のようだ。そして2月22日という日付。色々と考えて悩んでいると、仁王は大きくため息を吐いた。


「2月22日。それで、にゃんにゃんにゃんの日、なんじゃよ」
「…にゃんにゃんにゃん?」
「おん」
「滅茶苦茶こじ付けじゃねえか」


思ったことをそのまま口にすると、仁王は悲しそうに眉を下げる。今すぐにでも泣き出しそうに仁王が表情を歪めるのを見て、丸井は咄嗟に慌てた。どうすればいいのかわからず、とりあえず顔を伏せた仁王に近づいて抱きしめる。何か言ってしまったのなら謝らなければ。丸井の頭はその考えに支配される。


「ブン太は…」
「ん?」
「嫌、じゃった?」


何が、と聞き返すと、仁王は自身の身につけている猫耳と尻尾を指差す。それを見て嗚呼そのことかと頷き、丸井は首を横に振った。


「嫌なわけねえだろぃ」
「…ほんま?」
「おう」


可愛い恋人が猫耳と猫尻尾を付けてくれるのを見て、嫌なはずがない。見た途端から肯定的なことを言わなかったので、気に入らないと思ってしまったのか。仁王が悲しそうに顔を伏せた理由を理解して、丸井はうんうんと頷く。


「寧ろ、可愛い」
「……でも、ブン太最初は…」
「あれは驚いただけだっつの」


まさか自分の名前を呼ばれて振り返ったら恋人が猫に扮しているなんて誰も思わないだろう。ただ驚いただけなのだと伝えると、仁王は暫くして嬉しそうに顔を綻ばせた。


「よかった…」
「俺は、仁王がやってんなら何でも可愛いと思うぜ」
「…ッなんじゃ、それ」


丸井の言葉にほんのりと頬を赤く染める。そんな仁王を可愛いと思わないはずがなくて。丸井は改めて仁王の姿を見て可愛いと言った。変らず嬉しそうに笑う仁王が、丸井の身体へと抱きつく。丸井もその身体を受け止めると、ぎゅっと力いっぱいに仁王を抱きしめた。
そして仁王が身に着けている猫の装飾品を見て、丸井は来年からこの日は猫の日と覚えておこうと思ったとか。



(20110222)
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