必要不可欠生命体(蔵謙)



「なぁ謙也。例えば俺が死んでしもたら」


謙也はどないするん。

白石はにこりと笑いながらそんなことを言ってきた。謙也、と名前を呼びながら彼の手が頭を撫でてくる。その手は、ゆっくりとした動作で、けれどとても優しさで溢れていた。


「泣いてくれるんかな。怒る?喜ぶ?なぁ、謙也ならどないな反応するんかな?」


にこにこと相変わらずな隙のない笑みを浮かべて、白石は再び問うてきた。目は好奇心に囚われた子供のように純粋に輝いている。そんな白石を見ながら、俺は問われた内容の割に冷静にどうだろうか、とその時のことをシミュレートしてみた。


「…せやね」
「うん」
「もしも白石が死んだとしたら」


俺はきっと、泣きも怒りも喜びもしない。何も感じない人形のように、ただそこに在るだけだろう。結果を考えてみると、感傷も何もないことだった。しかし目の前の白石はそれに気分を害するわけでもなく、問いの答えにまた笑った。


「なんで?どうしてなん?」
「やって、必要性がまったく感じられへんから」
「必要ないん?」
「おん」


まるで今の白石は金ちゃんみたいやな。普段はあのゴンタクレを宥める側に回っている白石なのに。そう思うと、目の前の男が可愛らしく感じられた。思わず笑うと、白石も一緒に笑う。好奇心という言葉がぴったりなくらいに目を輝かせる白石。そのくせ、恍惚とした表情で俺の頬を優しく撫ぜた。


「必要なんてないねん。ちゅうか、絶対に泣いたりでけへん」
「泣いたらええやん」
「やから、それが無理やねん」


意味がよく理解できない。こてんと白石が首を傾げる。男前は何をやっても様になるな。関係のないことを考えながら、更に笑みを深くして笑う。自身の頬に添えられていた白石の手を取り、丁度俺の心臓に位置する部分に白石の手を当てた。


「……謙也?」
「白石が死んだら。そんときはきっと現実を理解する前に、俺自身の感情が死ぬと思うんや」
「謙也の感情が?」


こくり、と頷く。どくりどくりと脈打つ心臓の音を、白石は感じているだろうか。白石の手を握り締めながら、俺は目を閉じる。きっと今、彼は俺の答えと動作に目を丸くさせているに違いない。想像して、俺はゆっくりと目を開けて視線を白石へと向けた。


「俺な。白石は特別やねん」
「そら、嬉しいわな」
「おん。好きとか、そういう言葉には表しきれんくらいに」


遠まわしに話しを進めていくと、ずっと笑みを浮かべていた白石の表情がとうとう訝しげに顰められた。せやからな、白石。それに反して俺は笑みを浮かべた。言葉の続きを待つように、白石の視線がぴったりと俺に重なる。


「白石の存在は、俺ん中では大きすぎるっちゅうことやねん」


噛まずに言い切った言葉にわずかな達成感と嬉しさがこみ上げる。今、自分はどんな表情をしているのだろう。想像するのも簡単だ。きっと、すごく幸せそうな表情をしているに違いない。握っていた手に力を込める。すると、白石の手が一瞬だけぴくりと揺れた。


「嬉しいなぁ」
「…ほんまか」
「おん。めっちゃ、嬉しい」


最初は唖然としていた白石も、次第に笑みを深くしていく。噛み締めるように何度もそうか、と言う白石の表情は、最初と同じく幸せそうだ。謙也、と不意に名前を呼ばれる。なんだと返事をすると、白石の腕が背中に回り俺のことを抱きしめてきた。


「めっちゃ好き」
「……おん」
「言葉じゃ表せんくらい、俺は忍足謙也が愛おしい」


身長差なんてないようなもんだから、白石の声がダイレクトに耳へと侵入してくる。腰にくるような甘ったるい声。でも、俺はこの声が大好きだ。幸せだと全身から滲み出るオーラに促されるように、俺も彼の背中へ腕を回して抱きついた。


「自分が死んだら、俺はただの生きた屍になると思うで」
「それも、めっちゃ嬉しいわ」


ぎゅっと、白石の腕に更に力が篭る。耳元でクスクスと笑うもんだから、くすぐったくてしゃーない。そのことについて抗議を唱えてみる。すると白石は俺の耳たぶを甘噛みして、謙也、と更に声に甘さを含ませて名前を呼んだ。


「俺が居らな、謙也は謙也やないんやな」
「まぁ、そういうことになるな」


嬉しい。全身でそれを表現して、白石は俺へと口付けた。何度も降ってくるキスの雨。先ほどと違ったくすぐったさに身を捩れば、今度は深く口付けられた。甘く痺れるような刺激が、背中をゾクリと駆け抜ける。


「んっ…、ふっ」
「…けんや」


唇が離れると、全身から一気に力が抜けて白石に寄りかかるような形になる。腰を撫でる手が、明確な意志を持って動く。少しばかり捲り上げられた服から侵入する、白石の冷たい手。自分の体の温度との差に驚いて、体が反射的に跳ねる。思わず白石、と名前を呼んだ。すると彼は、俺の首筋へと噛み付きながらくすくすと笑う。


「謙也がいつまでも笑ってるよう、生きてなあかんな」
「当たり前やん…」


どろどろに溶かされてしまいそうなほど、熱を孕んだ白石の声。腰に響くような声を出しながら、当たり前なことを言う。死ぬなんて許さない。噛み痕が残った部分を舐めながら喋る白石の頭を軽くどつく。俺が喜怒哀楽を表すのには必要不可欠な存在。それが白石蔵ノ介。だから、ちゃんと寿命を全うするまで生きていないと。俺は何もかもの感情を失ってしまう。そんな言葉、口頭で言わずともわかってな。彼の首へ腕を回しながら、俺は言った。


「最後まで、生きてな」


そして死ぬときは、二人一緒に死ねばいい。そうすれば、どちらも悲しむことなんてないのだから。一番良いと思う提案をすれば、白石は本当に幸せそうに。恍惚とした綺麗な笑みを浮かべた。



(20101109)
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