いつでも笑顔が絶えなくて、元気で明るくて、そして優しい。そんな忍足謙也という人物が、財前光は大好きであった。ずっと側に居たい、と思わせるようなその温かさは、他人を極力寄せ付けないようにしていた少年の心を優しいものへと変えた。このまま永遠に一緒に居られればいいのに、と財前光は考える。あのぬくもりの近くに居れれば、きっと自分は幸せだろう、と。 テニスでダブルスを組むようになって、少年の思いは更に大きく膨らむ。だからこそ、少年は真剣に悩んで考えて、必死に結論を出そうと時間を割いた。 そして財前光は決心した。相手に自分の気持ちを知ってもらおう。それが少年が出した答えだった。 「謙也さん、俺、謙也さんが好きなんっす」 「…ざ、財前…?」 「やから、俺と付きおうてください」 人に自分の想いを、本心を伝えることがどれほどの羞恥を生み、勇気が居るのかを少年ははじめて知った。告白されることはあれど、告白をしたことのない少年には、いつも通りのポーカーフェイスを取り繕うのに必死で、何を言ったのかと自分自身の言葉を理解するのに数秒の時間を要することとなった。だが肝心の忍足謙也と言えば、少年に想いを告げられてから顔を真っ赤にしてその場に固まっている。この反応はどうとればいいのだろうか、と少年が不安を抱えていると、忍足謙也は視線を右往左往させてから視線を地面へと落とした。 「…あ、えっと…」 「やっぱ、あかんですか」 耐え切れずにそう言えば忍足は突然黙ってしまい、次の瞬間に少年は絶望した。これはきっと、拒絶の意を表しているのだろうと。予想していたことだろう、と少年は落胆する気持ちを誤魔化しながら何とか冷静を取り繕うと必死になる。すると忍足は突然物凄い速さで顔を上げ、財前の顔を見た。拒絶の言葉を吐かれるのだろうか、と絶望に打ちひしがれてこの場から逃げ出したい衝動に駆られていれば、忍足はちゃうねん、と少年に言ってきたのだ。 「…ちゃうねん、あかんく…ない」 「…謙也さん?」 「お、俺…信じられんくて…っ」 予想していなかった忍足の言葉に、少年は目をパチクリさせる。相変わらず視線を泳がせながら、しかしその瞳に宿っているものは拒絶ではないと分かると、財前はほっと胸を撫で下ろす。そして普段の彼からは想像もつかない様な歯切れの悪さで喋る忍足を、財前は首を傾げながら見ていた。 「どういう意味、なんすか…?」 「あ、あんな…実は俺も、財前が、好き…やってん」 「……え」 少年の口からは半信半疑の言葉が飛び出て、少年は自然と忍足の言った言葉を脳内でリピートする。嘘やん、夢なんちゃうの、と現実味のないその言葉に少年が驚いていると、忍足は更に顔を赤くして俯く。だが徐々に実感してきた真実に、財前は感嘆の声を上げそうになった。 「いつからです?」 「…何がやねん」 「俺んこと、いつから好きになったん、謙也さんは」 ちなみに言うと自分は出会った頃からでした、と言うと、忍足も同じだとはにかんだ。気持ちが同じで、お互いに惹かれた頃も同じで、少年はもうこれは運命と言うやつではないかと思う。今の今まで運命というものを信じていなかった少年だが、今ばかりは信じようと運命と言うものを信じることにした。そして謙也さん、と忍足の名前を呼んで、少年は忍足の身体を力いっぱいに抱きしめた。 「ざ、ざいぜ…」 「謙也さん、好き」 「…お、ん」 「めっちゃ、好きです」 想いが通じることがこんなにも幸せなことだったなんて、と少年は歓喜に震える。自分より身体の大きい忍足を抱きしめて、少年は意外と彼は細いのだと言うことに気がつく。そんな彼を、これからは自分が守ってやりたい、などと考えながら財前は少しだけ身体を離して再び忍足の名前を呼ぶ。すると忍足は笑みを深くして、少年の名前を優しい声色で呼んだ。 「ありがとう、謙也さん」 「ん。こちらこそ…やで、財前」 「おん」 近すぎず離れすぎずの距離で愛しい人と笑った少年は、好きな相手と抱き合うことが、笑い合うということがこんなにも幸せなことなのだと知った。 ずっと一緒に居られるとええな。少年は考える。 そして忍足謙也も考えた。少年と、ずっと居られたらいいと。 だから財前光は笑って忍足を抱きしめた。そして忍足謙也は、はにかみながら財前の名前を呼んだ。二人がずっと一緒に居られればいいと、思いながら。 (20100714) |