噛痕



※高校生


手。首筋。脇。体の至る所に残された噛み痕が、鏡越しに一目で見て取れた。数え切れないくらいの華と、噛みついた痕。それは昨日の情事のものだけではないものもある。指でその痕を撫でてみる。昨日の夜に残されたそれらは、形を崩さずにはっきりと形を残していた。


「雅治」


数回身体の痕を指で行き来していると、後ろから現れたブン太に体を抱かれる。ブン太は高校に上がってから急激に身長が伸びたため、現在俺たちの身長は大して変わらない。肩に乗せられたブン太の顔が、鏡越しに俺の体を見る。そして笑みを浮かべて、もう一度俺の名前を呼んだ。


「なんじゃ」
「すげぇな」


何が、なんて野暮なことは聞かない。きっと、俺の体に残っている無数の痕のことを言っているのだろう。付けた本人の癖に、ブン太は感嘆の声を上げる。元々自分自身は色白な方だ。高校に上がってからテニスもやめて、それから更に肌が白くなった。恐らく身体に痕がくっきりと残る理由としては、それも相俟っているのだろう。残された痕を嬉しそうに見るブン太に反して、俺は不機嫌そうに眉を顰めた。


「おまえさんが付けたんじゃろ」
「当たり前だろぃ」


露出された肌を、ブン太の手が撫でる。今現在スウェットの下しか履いていないから、上半身は露出されている状態だ。付けられた痕を一つ一つ、ゆっくりとなぞる様に触っていく。まだ情事の僅かな余韻を持つ体は、それで少しばかり反応を示す。ぴくりと肩を揺らせば、ブン太が耳元でくすりと笑った。


「何、感じてんの?」
「んなこと、なか」
「嘘吐け」


ふぅっと耳に息を吹き込まれ、上ずった声が出る。そのまま耳の形を確かめるように舌が這わされ、甘い声が漏れた。それに気を良くしたのか、ブン太は調子に乗って俺の体を撫でる手に明確な意志を持って触り始める。


「んっ…ぁ、」
「雅治、朝からお盛んだなぁ」
「誰のせい…ッ」


臍からわき腹、そして胸の二つの頂に片方の指が触れる。既に反応を示しているそこは、もう赤くなって存在を主張していた。目を瞑ってどうにか与えられる快感に耐えていると、胸の頂が摘まれる。爪で引っかかれ、先ほどよりも上ずった、しかし甘い声を上げた。


「ほんと、エロイ」


ぎゅっと挟まれ、そして捏ねられ、的確な刺激に身体が反応する。どうにか声を出さないように、と歯を食いしばっても大して現状は変わらない。寧ろそんな俺の反応を見て、ブン太は悪戯を企む子供のようににやりと笑ったのを気配で感じた。


「っあ、ぁ…」
「こっちも反応してんじゃん」


下半身に触れた手が、存在を主張する俺の欲望をやらしく撫でる。既に下着の中は先走る蜜によりどろどろだ。折角着替えても、これでは意味がない。抗議の声を上げようと目を見開くと、丁度鏡越しにブン太と目があった。ぞくりとした何かが駆け抜け、俺は一気に声を失う。


(…あ)


獲物を捕食するような目。俺は、ブン太のこの目があまり好きではなかった。いつか食べられてしまいそうな恐怖。特に情事の時、この目は顕著に現れた。上から下まで舐めるように動く視線。ギラつく蒼い目の奥に、想像できないくらいのものを感じる。視線が外せない。体をブン太に弄ばれながら、俺はブン太と鏡越しに見つめあう。


「…っふ、う…ぁ」
「こっちはもうびちょびちょだな」


スラックスと下着を一気に脱がされ、一糸纏わぬ姿にされた。見たくもない自分の痴態が、現在目の前で繰り広げられている。目を瞑り視界を遮断したいのに、ブン太の瞳に囚われ何も出来ない。ニヤリと口元に弧を描いたまま、ブン太は見せ付けるように俺の肩へと噛み付いた。僅かな痛みに、体がぴくりと跳ねる。


「っい…」
「雅治の体ってさ」


噛まれたところから少量の血が流れ、それが舐め取られる。数回その動作が繰り返されると、漸く言葉の続きを繋げた。既に俺の体は自身の血と、ブン太の新しく付けた噛み痕。そして与えられた快感の所為で真っ赤に染まっていた。


「…すんげぇ、痕付けたくなんだよなぁ」


恍惚とした表情で言われた言葉。それと同時に再び交わる視線。ぞくりと背中を駆け抜けたのは、果たして恐怖だったのか。それすらもわからないまま、俺はブン太に囚われたような錯覚に陥る。体を抱きしめる手が再び快感を与えるべく意志を持ち、肌の上を滑っていく。


「ブ、ン太…っあ…」
「でもいいか。俺のもんだもんな、雅治は」


だから別に痕を残してもいいだろう。耳元で囁かれた言葉が、脳味噌の中を反響する。もう何を言われているのかもわからない。ただ、快感とわからない感情に翻弄される頭で思ったことは唯一つ。俺はいつか、この男に食われてしまうかもしれない。そんなありもしない、でもありそうな非現実的なことに惑わされる。再び噛み付いたブン太を視界に収めながら、俺は体を奮わせて声を上げた。



(20101112)
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