青い林檎と黒い白馬



白くなれなかった黒い白馬。赤くなれなかった青い林檎。丸井ブン太と仁王雅治のことを表すのならば、きっとそんな表現はぴったりだ。なる筈だったものになることが出来ず、中途半端に生まれた二人。出逢ったのはお互いの欠点を補い合うようためだったのかもしれない、なんて信じてもいない運命的なことを考えてブン太は一人笑った。


「仁王、仁王」
「なんじゃ?」
「なんでもない」
「なんじゃ、それ」


ベッドに寝転がりながら雑誌を読んでいた仁王の名前を呼ぶ。ふっと向けられた視線と共に仁王は小さく首を傾げた。そんな動作すらも綺麗だな。そう思うようになったのはいつ頃だっただろうか。考えて、ブン太は抱えていたポテチの袋の中身が空になっているのに気づき、近くにぺいっと放り投げる。


「なぁ、仁王」
「やから、なん?」
「セックスしようぜ」


ベッドからそう遠くない距離。両手足を使い、ベッドの上に乗り上げる。すると二人分の体重を支えたベッドはギシリと悲鳴を上げた。唐突なブン太の言動に驚いたらしい仁王はその場に固まっている。そんな仁王を見てブン太は都合が良い、と読んでいた雑誌を取り上げてそれも近くにぺいっと放り投げる。少ししてから、紙の落ちる乾いた音がした。


「ブン太、俺今日はそんな気分じゃなか…」
「いいだろぃ。俺はお前を抱きたい気分なの。セックスしたいの、わかる?」


仁王の着ていたポロシャツを捲りあげて、両手を頭上で纏め上げる。我ながら手際のいい。にやりと笑みを浮かべると、仁王はため息を付いた。抵抗する気はどうやらないらしい、ということを確認する。仁王の腰の辺りに跨っているブン太を、仁王は下からぼんやりとした目で見つめていた。


「そないセックスしたいなら、女とすればええじゃろ」
「は?なんで?女は嫌だ。俺は、仁王を抱きたいんだよぃ」


ぽつりと呟かれた仁王の言葉に、ブン太は大きく目を見開いてきょとんとする。だってお前を抱きたいんだもん。ブン太がそう言うと、仁王は分かりやすくため息を吐いた。なんでため息を吐くんだよとブン太が聞いても、仁王は何も言わない。むすっとした表情のまま仁王のポロシャツを捲り上げれば、エアコンの人口的な冷たさに体がぴくりと震えた。


「…ブン太の言っとることはようわからん」
「別に。理解してもらおうなんて思ってねぇし!」
「そんなら、どうでもよか」


勝手にしろ。仁王は四肢をベッドに放り出して目を瞑る。これからやるであろう行為を想像して脳裏に描いてみる。だが暫くしてもブン太の指が自分の体を這う感覚は襲ってこない。どうしたのだ、と仁王が目を開けてみると、そこには不機嫌そうに眉を顰めたブン太がいた。


「…なしてなんもせんの」
「お前乗り気がじゃねーじゃん。なんか萎えた」
「…あっそう」


それならそれで構わないと仁王は上体を起こし、捲くられていたポロシャツを整える。だが膝の上からブン太が退く気配は一向にない。今度はなんだ、と若干うんざりしながら仁王が視線で捕らえると、ブン太は顔を背ける。いかにも、不機嫌なんですという雰囲気を醸し出しながら。その様子がやけに子供っぽくて(実際二人はまだ子供だけれど)おかしかった。


「ブン太はモテるやろ。なして俺にこだわるんじゃ?」
「だから女は嫌なんだって」
「意味分からん…」


再びため息を吐いた仁王に、ブン太の苛立ちが募る。どうしてか、なんて理由を自分自身理解していないのだ。だから仕方がない。八つ当たりのように目の前の銀を叩けば、小さく悲鳴が聞こえて、ブン太は小さく笑った。


「最近の子達ってさ、簡単に足開くんだもん」
「…抵抗とかされんくてええじゃろ」
「よくねぇよ。大体色んな男とヤってるし、気持ちわりぃ」


他の男が犯した体を自分も抱いているのかと思うと吐き気がする。ブン太はそう言って仁王の頭を撫でる。梳いてみたり、撫でてみたり。気まぐれな男の行動を仁王は受け入れる。我儘な男だと思う半面で、仁王自身も女に対してはそう感じている部分が大きかった。だから賛同するように頷けば、ブン太は笑う。


「締め付け具合とか最悪だしさ」
「ブン太、そら女の子全員を敵に回すような発言ナリ」
「自覚はしてるよ、自覚は」


仁王がブン太に賛同するように、仁王自身もブン太と体を重ねる傍らで女を抱いていた。綺麗な容姿ということは自覚しているし、何よりも小まめな性処理は必要だ。生まれてこの方、欲求不満になったことはない。だからこそ、小まめは性処理がストレス発散となっている。例えそれが仁王自身が嫌いな甘い匂いを漂わせて、淫らに腰を振り、猫なで声で嬌声を上げる女達でも。抱かないストレスよりも抱くストレスを仁王は取った。ブン太と体を重ねる以外の時は、自然と誘ってくる女を抱く。そしてブン太に抱かれる。そうでもしないと、自分の精神面的な部分が持たない、と仁王自身が自覚しているからだ。


「あの演技したような嬌声が駄目。柔らかい体も、男に抱かれんのが慣れすぎてて怖ぇし。子供が出来ないように配慮しないといけないってのも面倒だからよぃ」
「まぁ、そら女とセックスするときはどうしても配慮せんとあかんしな」


ぎっしぎっしと前後に揺れながら愚痴を吐き出しているブン太を見て、仁王はふと思う。これではまるでブン太がネコみたいだ。暫くしてからブン太もそれに気づいたらしく、少しだけ焦ったように声を出して仁王の膝の上から降りる。人一人分の体重を支えていた足が少しだけ痺れたが、仁王は気にしない、というように目を瞑った。


「だから仁王とのセックスが一番、気が楽なんだよ」
「そら同意する」
「流石は俺の仁王だぜぃ」
「勘違いを生むようなこと、言いなさんな」


どこまでが本気なのかわからなくなる。笑いながら言えば、ブン太も同じように笑ったのが分かった。ブン太がお互いの欠点を補い合う関係と感じたように。仁王も同じことを思う。いったい何時まで続くのかわからない関係に安心している。このままぐだぐだでもいいから続けばいいのに。そんな自分の考えに信じたくない、と仁王は小さく頭を振る。


「……なに」
「やっぱ、お前抱くわ」
「…もう好きにせい」


視線を感じてそちらに視線を向けてみる。ギシリ、とベッドの軋む音と沈む感覚に襲われたかと思えば、すぐ近くにはブン太の顔。何時にもなくまじめな顔をしたブン太は、仁王の体を押し倒しながら言う。もう勝手にすればいい。頭の中がそんな言葉達で支配されて、無意識に言った言葉にブン太は笑った。


「おう。好きにするわ」
「…優しくしてな?」
「いつも優しいじゃねぇか」


気づかないように。気づく前に。この関係が自然と終わってしまえばいいのに。傷つかないように続けばいいのに。相反する想いが頭をカオスへと導いていく。保身的な考えに、小さく自嘲の笑みを浮かべた。もうどちらでもいい。考えることを止めた仁王の脳は快感を追い求める。目を閉じて、体を這うブン太の熱い指を感じる。そして降りてくる男の熱い唇を受け止めた。



(20100816)
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