にゃんことわんことエクスタシー(+白石)



※白石視点


なんでこんなことに巻き込まれなければいけないのだろうか。そんな当たり前の疑問が俺の頭の中にぽんっと姿を現した。

俺は今、親友の恋人に詰め寄られているなんていうなんとも言えない状況に陥っている。

前もって言っておくが、浮気現場に親友の恋人が偶々遭遇して怒っている、などというベターな展開では断じてない。現在進行形においても。というか同じクラスなのだから一緒に仲良くしているのをとやかく言われる方が困る。まぁもしかしたら、それに近いものではあるかもしれないのだけれど、これ以上は弁解もへったくれもないのでやめておこう。だがそんな俺の心情なんて知る由もない親友の恋人の彼は、そりゃもう素晴らしいまでに顔を顰めて、自分の事を睨んでくるもんだから思わず笑顔が引きつったような気がしなくもない。というかこんなの、俺ではなくもっと別の人間に文句を言うべきではないだろうか、と俺(白石蔵ノ介)は考えていたわけである。


「どういうことですか、部長。説明してください」
「…説明しろー言われてもなぁ」
「なんで謙也さんと部長やねん」
「やから、そんなん知らんて」

何が俺と親友――謙也なのかというのは、もう少ししたらご立腹状態である謙也の恋人が言ってくれるであろうからそれまでもう少しだけ待って欲しい。

俺の知ったことか、と微笑みながらそう返しても、生意気な彼は中々引き下がろうとはしてくれない。むしろさきほどよりも表情が悪くなった気がするのは俺の気のせいなのか。

でも実際俺には彼の気持ちなんてどうでもいいわけで。それよりも自分は無関係なんだ、ということを理解して欲しいと現状がどんどんと面倒になってきている。できればこの場から今まさに去りたいくらいだ。切実に。第一、自分が怒られるような言われはどこにもないのだから、まずそこから考えるべきなのである。こういうところが変に抜けている、四天宝寺の天才と呼ばれる謙也の恋人兼俺の後輩でもある財前光へと笑顔を向けながら、俺は小さくため息を吐いた。


「謙也さんと付き合うてんのは俺やのになんで絶頂部長やねん…。あーめっちゃムカつく」
「財前くーん、一言余計やで」
「部長、今すぐあんたにアッパーでも食らわしてええですか」


普通なら部長にここまで言ったら退部もんだが、そこは心の広い俺だから許してやろう。それよりも隣で顔を真っ青にしながら汗をダラダラ流している、ある意味でこの話の中心人物である謙也に、この後輩をどうにかして欲しかった。あ、ちなみに今現在いるのが俺たち3年の教室であることを忘れないように。


「同人誌なんてもんを書く女も兎も角、それよりも俺とやのうて、部長とっちゅうんがまずムカつきます」
「…あー、そうですかー」
「真面目に聞けやこの絶頂」
「うっさいでピアス」


本当に、生意気な後輩である。俺の絶頂はすでに口癖以上に体の一部と化してんねん、ほっとけ。それでもまぁ、後輩で謙也の恋人やからまだ可愛く見えるんだろうけれど。しかしそんな謙也本人は特に何か言うこともなく、視線を右往左往させている。嗚呼ほんまに、コイツをどうにかしてくれ謙也。


「蔵ノ介×謙也ってなんやねん!」
「やから、俺は知らんて。描いた女の子に聞いたってな、財前くん」
「それは後ででもええねん。それよりも、謙也さんとそんな風に見られるような行動をとっていた部長がホンマムカツク」
「あー、さいですか」


ちなみに言うとこのやり取りは昼休み中ずっと続いていたりする。終業のチャイムが鳴ると共に物凄い音をたてて、財前は教室に乗り込んできたのだ。彼が言う、例の同人誌を片手に。

そうそう、会話の内容から分かるように、この話には何故か同人誌というものが絡んでいたりする。というか、今俺の机の上にその現物が置いてあるのだ。ご丁寧にも大きな字で『白石蔵ノ介×忍足謙也』なんて書いてあるもんだから、これを見たときは最初ビックリし過ぎて言葉を失ったほどである。


「これから謙也さんにべたべたするんはやめてください」
「別にベタベタはしてへんで?財前くんやあるまいし、ただ肩抱いたり、腰に手回したり、ちょっと額にキスしたりするくらいやん」
「それをやめろ言うてんねん!!」


ただのスキンシップやろー、とニコニコと笑ってやるが、どうやら相手はそれが大層気に入らないらしく、部長と声を上げて机を叩いた。さっきから謙也の奴はダラダラと汗を掻いていて、本気で焦っているのが分かる。そしてまぁ、もうお察しいただけただろうが、財前光は俺と謙也が同じ同人誌内でカップル扱いされているのがお気に召さないらしい。今目の前にあるのがその現物。しかも右上にはご丁寧に『18禁』と書かれいるし、そういうシーンもバッチリと描かれていもいる。誤解がないようにも言っておくが、俺と謙也は決してそんな関係ではない。あくまでもただの親友である。ここ重要。


「ざ、財前…」
「なんです、謙也さん」
「そ、そろそろ…ええんとちゃうかな?」
「……なにがです」


そろそろ意を決したように口を開いた謙也だったが、財前の思った以上に鋭い眼光にビクリを肩を跳ねさせて固まってしまった。ああもう可愛そうに、なんて思いながら謙也へと手を伸ばそうとすれば、それよりも先に財前が謙也の体を抱きしめる方が先だった。敵意丸出しな財前を見ていると、本当に謙也のことが大好きなんだなと思ったり。そしてなんとなく女子の黄色い声が聞こえた気がしたが、それは聞かなかったことにしておこう。


「謙也さんに触らんといてください」
「あんまり独占欲丸出しやと、いつか謙也に嫌われんで」
「ゴ親切ニアリガトウゴザイマス」


滅茶苦茶棒読みで言う財前がいまだに俺のことを威嚇してくるもんだから、なんだか面倒くささよりも面白さを感じる。クスクスと笑えばそんな俺を見て財前は更に怪訝な顔をして、謙也はオロオロと慌てだした。嗚呼ほんまに、おもろいなぁ。


「ほなら、俺たちはここで失礼します」
「こらこら財前。もうすぐで授業やで」
「二人でサボりますんで、よろしゅうお願いします」
「ちょ、財前…ッ!」


財前に引きずられるようにして連れて行かれた謙也を見送ってから、俺は机の上にそのまま放置された同人誌とやらに再び視線を向ける。包帯を左手に巻いて謙也の腰を抱いている俺らしい人物と、そんな俺の頭を抱きかかえるようにしている謙也。そういえば謙也のことを今まで何度も可愛いと思ったこともあったな、なんて思いながら俺はその冊子を机の中へと押し込んだのだった。

そしてご丁寧にも次の日に。

昨日と同様で終業のチャイムが鳴ると同時にやってきた財前が、俺の机の上にバンッと音を立てて何か薄い冊子を置いた。


「…なんや、財前」
「見て分かるでしょ、俺と謙也さんの同人誌や」
「はー、なんや、誰かに描いてもろたん?」
「ちゃいますよ」


女子が持っていたんです、と得意気に言っている財前を見ながら、俺はほーと感情の篭もらない声でそう返事をしてやった。そしてそんな財前の隣では、謙也がぽかんと口を開いている。なんとなく財前に促されて冊子を手にとって見れば、そこにはご丁寧に『18禁』の文字が書かれていて、パラッと中を見てみればそこには所謂対面座位をしている二人が描かれていた。


「良かったなー、財前」
「部長なんかに、謙也さんは渡すつもりはないんで、そのつもりでおってください」
「安心し財前。別に謙也なんて欲しくもないわ。むしろリボンでも付けてくれたるわ」
「ちょっ白石!」


俺の言葉に抗議をあげた謙也に、財前は鋭い視線を送って見事に黙らせた。そしてきっと今日も二人は午後の授業をサボるんだろうな、なんて思いながら、同人誌に描かれていた内容を近い内にやると謙也に宣言している財前の言葉を聞きながら。

嗚呼今日も平和やなぁ。なんて思った。



(20100711)
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