爆発した愛情より。



※成人+監禁


気がついたら真っ暗な部屋に居た。繋がれた手錠と、嵌められた足枷の鎖が暴れるたびにジャラジャラと存在を主張して鬱陶しい。ここはどこだと大声を上げようとしても、口には猿轡を咥えさせられているために声を出すことも出来ずにいた。引っ張りすぎた手錠が手首を傷つけ、ジンジンとその場所が痛む。心の中でそのことに舌打ちをして、俺は部屋をぐるりと見渡した。すると突然目の前に備えられていた扉がゆっくりと開かれて、そこから差し込む光に目を細めた。


「目、覚めたんですね」
「ッ!…ンンー!」


光りに目が慣れてきたのか、その人物の輪郭がはっきりとしてきて、俺はその人物を確認して驚愕した。そんな俺の反応も分かっているだろうに、相手はそれでも涼しげに微笑んでいるだけで、謙也さん、と俺の名前を優しい声色で呼ぶ。知っている笑顔のはずなのに、恐怖を覚える。そしてそれと同時に、どうして彼がこんなことをしているのか、わからなかった。


「そんなに暴れんといてください。謙也さんの体、傷ついてまうでしょ?」
「ンー!ンンーッ!!」
「ああもう、手首赤なっとるやないですか」


財前光――。俺の中学からの後輩。テニスをやめた今でも何だかんだで一緒に居て、俺が大学に入学して、光は進学せずに作曲家になってからも関係が変わる事はなかった。俺の中では光はいつまでも可愛い後輩で、大切な友人でもあった。そんな彼が何故、自分をこんな目に合わせているのか。理解する以前に脳が理解することを拒んだのがわかった。


「ッう…ンン!ンー!!」
「やから、暴れんといて」


謙也さんの傷つく姿、見たくないねん。気遣うような言葉を言うくせに、どうしてか彼の表情が合っていない。その言葉を嘘だと思わせるような、彼の顔は恍惚とした表情を浮かべているのだ。それが酷く不気味で、背筋にゾクリと悪寒が走った。


「しゃーないっすわ。猿轡だけ、外したげます」
「――ッハ…ハァ、ハ…光…お前何をッ!!」
「嗚呼その目、あかんすわ」


ゾクゾクする、とうっとりとしたような表情で見下ろしてくる彼に、覚えたのは恐怖。猿轡を外されたら真っ先に言おうとしていた罵声の言葉も出てこない。ただ体が恐怖に硬直して、目の前の男を見つめた。

現実なのか、夢なのか。こんな彼を、俺は知らない。本当に、彼は俺の知っている後輩、財前光なのだろうか。

そんな疑問が頭の中を駆け回った。


「でももっと、謙也さんのそういう表情見てみたい」
「光、これ…なんやねん…ッ」
「…なにって、なにが?」


きょとんと目を見開いて首を傾げた姿は可愛らしいのに、それが普段と同じようには見えない。純粋な眼差しの奥に、酷くドロドロとした狂気を感じる。背中を汗がツゥっと通って行って、光はゆっくりとした足取りで俺の方へと近づいてきた。それに思わず体をビクリと震わせれば、光は笑みを深くして俺と目線を合わせるように膝を折った。


「俺ん、こと…拘束して、何したいねんッ」
「何ってそら、謙也さんを俺だけのもんにしたいんすわ」
「そんなん、おかしいやろ…!」


友人だと思っていたのに。大切な親友だと、そう思っていたのは自分だけだったのかということがショックで、鈍器で頭を殴られた衝撃というのを身を持って体験してしまった。裏切られた、という言葉が浮かぶ。彼はいつでも優しいんだって思っていたのに、まさかこういう形で自分の信頼を打ち砕くようなことをされて、既に思考回路はちゃんと働いていなかった。


「…謙也さん」
「な、んやねん…ッ」
「泣いてるん?」
「ッ泣いて、なんか…ないっ!」


そんな俺の感情に比例するように、さっきから視界が歪みっぱなしで、涙を流しているんだということが分かってしまった。絶望とか、恐怖とか、裏切られた気持ちとか、何もかもが受け入れられなくて苦しくて、そんな自分の気持ちを紛らわせるためにグチャグチャになって、涙の姿に変わって零れていく。いつしか嘆き声まで溢れてくるもんだから、きっと今の自分の姿はみっともないのだろうなんて今とは関係のないことを考えた。


「謙也さん、謙也さん」
「ひ、かる…ッ」
「綺麗。今の謙也さん、めっちゃきれいやで」


恍惚とした表情で、不意に伸ばされた光の手が、俺の頬を撫でる。慈しむようなその優しい仕草に、今度は別の気持ちが溢れてきて、更に涙の量を増やした。どうかその口で、普段みたいに冷たく冗談だと言ってくれ。叶うはずがないと頭のどこかでは理解しているのに、そんな期待を抱かずにはいられなかった。けれどそんな俺の気持ちなんて解るはずがない光は、頬に伸ばしていた手を俺の背中に回して体をぎゅっと抱きしめる。それが現実なんだと俺に知らしめるように、光は俺の背中に回す腕に更に力を込めた。


「ひ、かる…光…ッなんで、なん…っ」
「謙也さん」
「こんなこと…せんでも、ええやろ…!」


友情じゃ駄目なのか。愛情じゃないと駄目なのか。そう思うのは、彼に対して友情という気持ちしか抱けない俺だから思うことなんだ、なんてわかっているけれどそう思わずにはいられない。出来ればそう、こんな形で、彼の気持ちを知りたくはなかった。勝手なことだと分かっているけれど、それでも、涙は止まらない。


「謙也さん、俺な」
「ッひく…ひぃ、ん…ッ」
「謙也さんが好きやねん。めっちゃ、愛してんねん」


世界で一番。宇宙で一番。何よりも一番、俺を愛しているのだと言った光の言葉は、今の俺にとっては苦く涙腺を刺激するようなものでしかなくって。苦しくて苦しくて、俺は枯れちゃうんじゃないかってくらいに体内の水を流した。


「やから、謙也さんも俺を愛して?」
「ッ…ふ、ぅ……ひくっ…」


狂ってるとしか言いようがない愛。信頼が一気に絶望へと変わった瞬間、ぽっかりと俺の胸には穴が開いたような錯覚に陥った。ただ昔の光を思い出すように、今の光を忘れるように、俺は静かに目を閉じた。


「愛してます、謙也さん」


狂気を糧に。狂気を愛に。そして彼は、愛情という名の鎖で、俺の体をその部屋へと閉じ込めた。



(20100624)
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