ひつじさんの宣戦布告



「忍足、俺お前のこと好きなんだ。付き合って」
「……は」

さきほどまで心行くまでに睡眠を貪っていた隣の男が、へらっと締りのない顔でそんなことを言ってきた。それに最初俺は何を言っているのかが理解できず、聞き返せばだからーと今度は面倒くさそうな顔で、面倒くさそうに言ったのだ。

「俺が、お前のこと好きなんだって。だから俺のもんになれ」
「いやいや、さっきと言い方違うやん。めっちゃ命令形やし」
「なんだよ、やっぱり聞こえてたじゃん」

忍足のいけずーとかニコニコしながら言うこの男、芥川慈郎の顔を見ながら、俺はぽかんと口を開けてその相手の顔を見た。本気なのかそうじゃないのか読み取れない彼の表情に、その言葉は本気じゃないのではないかなんて思ってしまう。実際俺とコイツの接点なんて殆ど皆無に等しいわけで、どこぞで睡眠を貪るこの男と話したことなんて片手で足りてしまうほどの数なのに。今日放課後になってジローを起こしに来たのも当番制のようになっているジローを探す係りみたいなのが俺に回ってきただけの話である。それなのに、だ。この男は俺に向かって好きだなんて愛の言葉を軽いノリで言ってきた。まるで好きな食べ物でも言うようなノリの軽さに、俺はその言葉が本心なのかが疑わしくて仕方がない。一体自分に惚れる要因がどこにあったのか、この芥川慈郎という存在が更に分からなくなった気がする。

「あんなジロー」
「何?」
「自分、何がきっかけで俺んこと好きになったん?惚れられる要因が見当たらへんねやけど」

この際男同士ということには目を瞑るとして(別に偏見とかないし、自分に向いたのが少し驚いただけだ)、その理由を聞けば今度はジローがぽかんと口を開けて固まった。だが少ししてからなんだそんなことか、とでも言うようにため息を吐いて俺の髪の毛へと突然手を伸ばして撫でたのだ。予想できない相手の行動に、俺はただ唖然とするしかない。

「ちょ、ジロー…ッ」
「入部んとき」
「は?」
「忍足さぁ、入部んとき跡部と戦ってたじゃん?そんときにヒトメボレした」

あまり見る機会のないジローの真剣な表情に思わずどきりとしながら、俺は彼の言葉を頭の中で繰り返していた。跡部と一番最初に試合をした日といえば、一年の時の話である。入部の時に跡部が部活内で色々起こしてくれたとき、自分が面白そうだというノリで跡部と試合をしたときのことを言っているのであろう。まさかそんな二年前から自分のことを想っていただなんて、果たして誰が思うだろうか。しかも相手はあの睡眠で一日を過ごしているような芥川慈郎だ。

「ほんとは耐えるのとか我慢するのは嫌いだけさぁ、男同士だったしー。我慢してたんだけど忍足に告る女は後絶たないし、ならいっそ俺のもんにしちゃった方が早かったんじゃねって思ってー」

告りました、と再び満面の笑顔で言ってきたもんだから、もうこれは言葉を失うという言葉がぴったりだ。何も言えずに唖然としていると、ジローのやつはそれでと何かを促すようにジリッと距離を詰めてくる。その相手から逃げるように体を後退させてジローの顔を見てみれば、こいつは忍足と名前を呼んで俺の体を抱き込んできたのだ。訳が分からずに混乱して目を瞑っていると、鼻の先端に少しだけ柔らかい感触が掠めてジローが俺の腰へぎゅっと抱きついていた。

「忍足、目とか閉じちゃってかーわいー!」
「茶化すな阿呆!放しやジローっ」
「忍足がおっけーしてくれたら、放してあげてもいーよ」

茶化す言葉すらも冗談にしか聞こえてこなくて、俺はもう頭の中が完全に混乱状態。第一一目ぼれだとか言われてもどう反応していいか困るし、何よりも嫌がっていない自分の気持ちのほうが問題なのだ。さっきからドキドキと心臓が激しく脈打ってて、なんやねんこれ、と自分の気持ちすらもわらかない状態なのである。自分へ告白していた女の子達相手にはこんなに心臓がドキドキすることもなく冷静に答えられたというのに、一体どういうことなのか。

「忍足はさぁ、俺が嫌い?」
「…は?」
「答えて。嫌いなの?」
「き、嫌い…ちゅうわけやないけど…」

だからと言って特別に好きと言うわけではないが、と言外に含ませればジローは少しだけ不満そうに眉を下げて頬を膨らませた。それが可愛いとか思ってしまうのだから、そんな自分の考えに思わず自分自身でツッコミを入れてしまう。何が楽しいのか目の前ではジローが笑っているし、訳がわからず首を傾げるしかなかった。

「じゃああれだね、俺のもんにするのにもあんま時間掛かんないねー」
「や、嫌いっちゅうわけとちゃうけど、特別に好きなわけでもないねんで?なんでそういう結論に達するん…」

ニコニコと笑みを浮かべたジローへそうつっこめば、だってさーと先ほどまで浮かべていた笑顔から不敵なものへと変わって、奴は俺の頬を撫でながら言ったのだった。

「俺ね、忍足のこと自分のもんにする自信、あるんだよね」

ニヤリと笑みを浮かべてそう言った男の顔は、不覚にもカッコイイだなんて思ってしまうようなもので。どんどんと近づいてくる顔に驚いて咄嗟に目を閉じれば、額に一瞬だけ柔らかい感触が当たって、こいつにキスされたのだと分かった。きっと今の自分は、顔が赤いに違いない、なんて思いながら。

「覚悟しといてね、侑士」

嗚呼ヤバイと思ったときには。
既に手遅れだったのかもしれない。



(20100703)
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