嫌いな俺と大好きな君



「ブンちゃん」
「ん?どした?」


放課後の教室、本日日直当番であった丸井ブン太を待っていた。面倒な日直日誌なるものを終わらせるため飴を舐めながら奮闘しているブン太を見て、嗚呼愛しいななどと場違いなことを考える。小刻みに動くシャープペンシルの芯が、彼の男らしいでかでかとした字を写していた。


「ブンちゃん」
「だから何だよ」
「俺、ブンちゃんのこと嫌いぜよ」
「……は?」


一瞬も声が震えなかった自分自身に感動しながら、日誌から自分に視線が向いたことになんとも言えない幸福感を覚える。表情をそのままにブン太の顔をジッと見ながら、俺は再び彼に同じ言葉を突きつけた。


「ブンちゃんのことがな、俺は嫌いなんじゃと言うとるんよ」
「……お前、本気?」
「本気」


確認してくるブン太の問いかけに即答すれば、普段の彼からは想像もつかないような形相で俺のことを睨んでいた。


「…仁王、ふざけたこと言うのもいい加減にしろぃ」
「俺は本気じゃがな」


ふざけてなどいないのだと首を少し傾げて笑いながら言えば、ブン太は机の上に乗せていた俺の腕を勢いよく引っ張って床に叩きつけた。机と椅子が倒れた音と、日誌が地面に落ちた音がブン太で埋め尽くされた視界の隅で聞こえる。打ち付けられた背中が痛いが、そんなことよりも怒らせてしまった彼をどう宥めようかと考えていた。


「本気で俺が嫌いなのかよ」
「別に、どっちでも」
「さっきは嫌いって言ったじゃねぇか!」


大声で叫ぶブン太の顔をただじっと見ながら、俺はうっすらと笑みを浮かべる。すると予想した通りにブン太の顔は怒りに満ちて、俺の着ていたワイシャツの前を引きちぎった。


「服、どうすればええかのう」
「知るかよぃ」


的のはずれたことを口に出せば、彼はそれが気に入らなかったのか噛みつくようなキスを俺にしてきた。歯が最初に当たっても気にすることもなく、押さえつけられた腕を動かすことも出来ないまま、俺はされるがままにブン太からのキスを味わうことにした。


「…っふ、ぅ…っは」
「仁王」
「なんじゃ…」
「俺はお前の事が好きだぜ」


濃厚なキスのあとに囁かれた甘い愛の言葉は、それだけで俺の心を満たすのには十分だった。異常なまでに彼に執着している自分にとって、恐らく一週間、ヘタしたら三日会わず愛を囁かれなかったら死んでいるかもしれない。それほどまでに、自分は彼に依存していた。


「…知っとるわ」
「なら何で、んなことを…っ!」


俺の手を掴んでいた彼の腕に力が篭って、僅かに痛みが走る。そんな俺に気付いたのか、ブン太は少しだけ力を緩めてから再び俺にキスをしてきた。ぬるりと侵入してきた分厚い舌が口内を好き勝手に暴れまくる。でもそれが心地よくて、気持ちがよくて、俺は薄っすらと目を細めてその甘みを味わった。


「っん…ふ、ぅ…」
「仁王…」
「ま、るい…っ」


お互いの舌から伸びる銀の糸が、少しだけ光って切れる。濡れる視界でブン太の顔を見てみれば、彼は酷く悲しそうな表情で俺のことを見下ろしていた。


「…すまん、」
「んで、謝んだよ…っ」
「ブンちゃん、泣きそうじゃき」
「誰のせいだよ」


悲痛に歪んだ彼の表情に、安心感を覚えてしまう自分はやはりおかしいのかと思う。捻じ曲がった愛で彼を求める自分は、傍から見たら一体どれほど滑稽なものなのかすら想像がつかない。でも言える事は一つで、こんな俺が純粋な君を好きになってごめんなさい、ということだけだった。


「ブンちゃん、」
「…なんだよ仁王」
「おまんのこと、好きになってしもてごめんな」


こんな歪んだ愛でしか愛せないやつでごめんなさい。そういう形でしか、丸井ブン太という絶対な存在を繋ぎとめておく術を自分は知らないから。彼のせいで腕を伸ばして謝れないのがもどかしかったが、ただ謝りたいという気持ちが先走って俺の口から何度も謝罪の言葉を口にしていた。


「ごめん。ごめんなブンちゃん」
「…仁王、俺はな?俺はお前のこと、マジに好きなんだぜぃ?」
「しっとる、わかっとるよ」
「だから、嫌いだなんて簡単に言うんじゃねぇよ」


囁かれた言葉に息が詰まりそうになった。こんな俺に愛を囁いてくれてありがとう、だなんて思わず涙がこぼれてしまう。大好きという言葉が溢れて、俺は自分からブンちゃんへキスを送ろうとしたのに、腕を押さえつけられていた為に、それは無理だった。


「…でも、俺は嫌いぜよ」
「…ははっ本当に天邪鬼だな」
「そら褒め言葉じゃな」


そしてほら、また彼を傷つけるようなことを言う、そんな自分が大嫌いだった。どうして自分は彼を傷つけることしかできないのだろうと思うけど、やめることができない。こんなことを続けていたらいつか嫌われて捨てられて、きっとそのときになって自分は捨てないでくれと嘆くのが目に見えているのに。明るくて魅力的な彼だからこそ、自分から離れていく可能性が高いとわかっているくせに、本当に自分は大馬鹿者だ。大好き、でも嫌い、ごめんなさい。無意識に口に出していた言葉を、ブン太は悲しそうな顔で見下ろして頬に一回口付けをしてくれた。


「なぁブンちゃん」
「何?」
「今この場で、俺を滅茶苦茶に抱いてくれんかの」


彼に滅茶苦茶に抱かれれば、天邪鬼な自分ももしかしたら素直になれるかもしれないなんて思うから。自分なりの精一杯の甘え方をすれば、ブン太は笑いながら俺の体を力いっぱいに抱きしめた。



(20100426)
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