殻を忘れたかたつむり



俺は雨が嫌いだ。正確に言えば、雨と言うものによって発生する湿気とかも含めて嫌い。鬱陶しいし、じめじめするし、何よりも雨に濡れるのが不快だ。傘なんて役に立ってるようで役に立たないし(実際頭しか防御できない)、鞄は濡れるし、靴は水浸し、とりあえず面倒くさい。バケツをひっくり返したような雨、という表現がぴったりなような大雨に、俺は大きくため息をついた。


「…はよ、雨止まんかな…」


現在俺は部室に一人っきり。大雨警報が出たとかで急遽学校が休みになって、珍しく朝練に気合を入れていつもより早く家を出た自分が、今となっては恨めしい。家を出た6時半頃はまだ雨が降っていなかったから今日もあるだろう、なんて思って誰にも確認をとらずに来たのが間違いだった。丁度俺が部室に到着してからいきなり雨がざーざーと降り出して、その時刻が7時になる20分前。しかも調子に乗ったように風が凄い勢いで吹き出し、雨の勢いもどんどんと強くなってきて、まさしく嵐、という感じ。それから暫くして部長から今日は部活停止、学校も休校、という連絡をご丁寧にもいただいて、なんだよそれと俺の気分は一気に急降下した。


「だーれも居らんし、つまらん…」


普段しないことはするもんじゃない、とある意味で今日唯一得られた教訓だ。生憎とこんなザーザー降りまくる雨の中を帰る気力もない。濡れるのなんて分かりきっているし、今日一日晴れですと言っていたお天気お姉さんの言葉を信じて傘を持ってきてすらいないのだ。このまま一日中雨だったらどうしようか、なんて既に積もりに積もった苛立ちを持て余していると、不意に携帯がブーと振動して存在を主張する。マナーモードにしていたから音楽が流れなかったので、携帯を手にとって表示された文字を見て、俺は思わず驚愕した。


「――謙也さん?なんで…?」


彼に連絡した覚えはないのだけれど、と思いながら携帯を開いてメールを見てみれば、今日学校休みやって、という一文が記載されていた。だからなんだ、と思いつつも今自分が部室にいるとメールしたらどういう反応が返って来るだろうか、なんていうちょっとした好奇心から今傘がなくて部室に居ります、と簡潔にメールを送る。しかし暫くしても中々返信が返ってこないもんだから、あれ、と疑問を抱いた。いつもは返信の早い彼だから、5分待っても10分待っても返信が来ないのがおかしいなと思った。いったいどうしたのだろう、とこちらからメールを送ろうと携帯を開けば、突然部室の扉の開くドンッという音がした。


「ざ、財前…大丈夫か?」
「……なんで居るんですか。それよりも大丈夫てなんやねん」
「や、傘がない言うとったから、心配になって来てもうた」


ぎゃー濡れた、なんて叫びながら傘を二本、傘立てに立てた彼を唖然と見ていると、謙也さんは近くに置いてあったタオルで頭をガシガシと拭いた。僅かに水滴がこっちにも飛んできたのが不快だったが、どうやら俺のためらしい彼の行動にそれは言わないでおく。そしてどかりと椅子に腰を下ろした謙也さんを見て、俺は窓から見える景色を見てみた。雨脚は弱まるどころか、明らかに強さを増して嵐ですよってうざったいくらいに主張する外の景色に、俺は濡れ鼠になった謙也さんへ一言、ぽつりと呟いた。


「…謙也さん、アホなんとちゃいますの。や、知っとりましたけど」
「なんやねん、お前喧嘩売っとんのか」
「ちゃいます。ただほんまのこと言うただけですわ」


この雨の中を傘を運ぶために走ってきたなんて、恋人としての喜びもあるが、それよりも呆れる気持ちの方が大きかった。メールが返ってこなかった理由はこれか、としみじみと思っていると謙也さんは大きな声で疲れたと叫んで、俺の横へと椅子を移動させる。俺のそばにいたいのだという、恐らく彼自信も無意識なその行動はやはり愛しいものがあるのだけれど。


「…なんや、微妙に肌寒くない?」
「まぁあんだけびしょ濡れになれば、なんとかも寒く感じるんとちゃいますの」
「なんやねん財前…ほんまに自分喧嘩売っとんのか?」


優しくない俺の態度に対して、言っている言葉とは裏腹に彼の顔には分かりやすく寂しい、とか書いてあるから考えていることがバレバレである。これ以上いじめ過ぎると拗ねるのが解っているから、気遣うように彼の頬に触れてみると普段は体温が小さな子供なみに高いのに、今の彼はやけにひんやりとしていた。こうなったのはやっぱり俺の責任でもあるわけなんだから、ちょっぴり罪悪感が生まれて彼のことを温めるみたいに抱きしめる。いつの間に着替えたのか、濡れた服からジャージ姿に変わっていたから服自体は濡れなかったけれど、髪の毛の水滴が拭い切れていなくてじわりと肩が濡れた。


「ざ、ざいぜん!ぬ、濡れてまうからええって!」
「阿呆謙也さんの分際で俺に意見せんといてください」
「ぶ、分際ってなんやねん…!」


年下のくせに生意気な、と何やらぶつぶつ言っているが特に気にすることでもないだろうと無視することにした。視線を少しだけ下にずらして彼のことを見てみれば、耳まで可愛らしく真っ赤にした彼がいる。普通ならこんな俺よりも身長が高くてガタいの良いやつを可愛いとかは微塵も思わないのに。やっぱり彼が恋愛的な意味で好きだからなのかもしれないと自己解決。


「謙也さんは、俺にされるがままになってればええんすわ」
「あ、アホか!」


そしてほらまた顔を真っ赤にして、頭だけがやけに暖色だななんてふと思ってみたり。でも彼にはそんな色が似合うのだから、嗚呼好きだななんて思った。


「謙也さん、頭拭いたりますからタオルと頭をこっちに寄越してください」
「いや別に、気にせんでええ…」
「つべこべ言わんとはよせいや」
「…はい」


渡されたタオル(奪ったわけとちゃうよ)で頭を拭くとか、なんだか今日の俺はやけに堅実的だ。こんなこと言うたら普段がロクデナシみたいだけど、別にそういうワケではない(と思う)。顔を赤くしながら気持ち良さそうに目を細めている彼を見下ろして、俺は無意識に目を細めて微笑んでいた。


「はい、終わりましたよ」
「お、おおきに。…財前、なんや手際ええな」
「まぁ。甥っ子の髪の毛拭くんとおんなじような感じなんで」
「お、甥っ子て…」


俺は子供かいな、と分かりやすく凹んでいる彼を見て、やっぱり好きな子はいじめたくなんねんなぁなんて思う。だってどうしても彼が可愛らしいもんだから、拗ねた姿も何もかも、彼のすべてをひっくるめてそんな姿を見たくなるのだ。周りからは少し(結構?)捻くれてるとか言われるけど、謙也さんも幸せそうだし、これでも俺達の恋愛は成り立っている。だから再び彼の体をぎゅっと力いっぱいに抱きしめてやれば、一瞬ピクリと体を揺らした後、恐る恐るとでもいう様に俺の背中に腕を回した。


「謙也さん」
「おう…?」
「傘、ありがとうございます」


そういえば恋人のために必死になって傘を持ってきてくれたお礼をまだしてなかったな、と思い出して感謝の言葉を述べれば、彼はわかりやすいくらいに顔を赤くして俯いた。そんな自分の行動が俺の気持ちを煽っているのも知らない純粋無垢な謙也さんは、きっと今、凄く幸せそうな顔をしているのだろうな、なんて思った。


「…財前」
「なんです?」
「……もうちょい、このまんまで、いさしてくれ」
「おん。ええですよ」


もう一度視線を窓へと向けて外の状況を見てみれば、変わらず嵐が君臨している。帰るのはいつになるのかな、なんて今となってはどうでもいいことをふと思いながら、俺は真っ赤で可愛らしい恋人の体を温めるように抱きしめた。



(20100624)
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