You lost my lost Color.A(幸仁)



愛しい人とまた再会したのは彼の葬儀でした、とか、そんなの笑えない。まさか自分がそんなことを体験する羽目になるなんて思っても居なかった。

今朝まであんなに元気だったのに。昨日、あんなに愛し合ったのに。どうして今、彼は棺の中で幸せそうに眠っているのだろう。そして何故、テニス部の連中は涙を流しているのだろうか。

非現実的すぎて、ついていけない。どういうことなんだと叫びだしたくてどうにか留まって、俺は坊さんの詠むお経をぼんやりと聞いていた。


「…ゆぎ、むら…ぶちょ…ッうぅうッ!」
「なぐんじゃねぇあがやッ…幸村くんが、逝けねぇ、だろぃ…っ!」


赤也がボロボロに泣いて、その隣では丸井が殺せない涙を流していた。その側には同じくテニス部に所属していたやつらもいて、なんだか不思議な感じがする。俺はその光景を、どこか別のところからみている感覚に陥った。

参列していく奴らの中には時々見かけた学校の奴も居た。そういえばこういう時って、なんでか面識のなかった奴も来て、いい奴だったのにとか言って自分の友達を思い出すように感傷に浸ったりする。別にどうでもいいけれど、と周りをキョロキョロと見渡せば、泣いているやつばかりでなんだかうんざりしてしまった。本当ならば恋人と言う立ち位置にいたはずの俺が泣いていそうなもんなのに、おかしいことに涙が出てこない。昨日の幸村との会話では、泣かないやつがいるなら見てみたいっていたくらいなのに、おかしな話だ。でもなんでだろう、まったく面識のない同じ学校の連中が、そんな俺を変なものを見るような目で見ている気がした。


「…ゆきむら」


慈しむように名前を呼んでみても、返事があるわけもない。どうやらお前の願いが叶ったみたいだよ、なんて他人事のようにぽつりと呟く。だって俺は現に泣いていない。哀しいはずなのに、涙が出ない。

でも不思議とそれが自然なことのように思えて、俺は棺の中で安らかに眠る彼を一瞬だけチラッと見た。今朝話して、またねって挨拶して、昨日の夜は触れ合えなかった期間の寂しさを埋めるように抱き合ったよななんて、鮮明に思い出す記憶に、なんだが吐き気がした。

幸村は今日俺が病室を出て行って暫くしてからあの世に逝ったらしい。苦しまずにすごく幸せそうに逝った、と幸村の母親が俺たちに涙を滲ませながら話してくれたのを思い出す。

そして気がついたら俺は逃げ出すようにその場から走り去っていて、幸村とよく歩いた帰り道を走っていた。きっと彼の顔を見ているのが辛くなったのだ。ゼェゼェという自分の息遣いが五月蝿い。静かにしてくれ、と自分のことのはずなのに苛立ちを覚えていると足が縺れて派手に転んだ。


「…いっ、てぇ…」


周りに誰もいないことを確認してからここはどこだと視線を地面から上げれば、いつの間に来ていたのかそこは立海の校門前。葬儀場所と学校がそれほど離れていなかったのか、とぼんやりと考えていると、足が自然と幸村の面影を求めるように動いていた。彼が手入れしていた花壇に、温室、テニスコート、そして彼が所属していた教室へと誘導されるように足を踏み入れていた。


「……ゆき、むら…」


そういえばよく、この教室へと足を運んだものだ。幸村に会いたくて仕方がなくて、面倒くさがり屋の筈の自分が何度も何度も通いつめたこの教室。バッチリと席も覚えていたから迷うこともなく幸村が使っていた机に近寄れば、ご丁寧にも机の上には花が置かれていた。今日幸村が死んだという報告を学校が受けて、クラスに言い渡されたとき、クラスメイトが幸村への手向けとしてきっと置いたものなんだろうと思う。でもそれが酷く不快だった。机に花を置くってなんだ。彼が死んだのを肯定して楽しいか。なんだかすごく、悔しかった。


「ゆきむら、ゆきむら…っ」


気づけば止め処なく幸村の名前を口走っていた。止める気もないので何度も何度も叫ぶように呼んでいれば、徐々に視界が歪む。そして頬を何か温かいものが伝ったのを感じて、俺は今泣いているのだと気づく。


「せ、いち…精市、精市…ッ」


泣くつもりなんてなかったのに、おかしい話。きっとあの世では幸村がこんな俺をみて笑っているに違いない。嗚呼やっぱり泣いたな、なんて言いながら、きっと。一気に現実味を帯びた世界が、変にモノクロになって視界から色を奪った。


「なして、なして死んだんじゃ…っ!」


がたん、と主が居なくなった机に縋るように抱きついて、机の上に乗せられていた黄色い花の挿された花瓶を力いっぱいに払い落とした。ガシャンという音と共に落ちた音も、何もかもが嫌で嫌で唸っていれば、開いた窓からふわっと風が舞い込む。そして俺の髪を楽しげに遊ぶもんだから、なんだよそれ、と風に八つ当たりした。嗚呼、俺って最低じゃな。


(――仁王)
「ッせい、いち…っ?」


不意に、幸村に名前を呼ばれた気がした。振り向いて窓の方を見てみると、そこには何故か幸村が立っていて。あの世に逝ったんじゃないのかなんて思っていても、心のどこかではそれが本物だと言っていて、幸村に近づこうと動かない足を叱咤する。しかし次の瞬間にはその場所に幸村はいなくって、彼の気まぐれに俺は窓際に近づいて幸村と叫んでいた。


「居らんくならんで、俺を一人にせんで、嫌じゃ、嫌なんじゃ…っ!」


永遠を誓い合ったはずなのに、どうして先に逝ってしまうのだ。酷いではないか。残酷ではないか。苦しい、苦しいよ、精市。


「おまんが居らんと、俺は――ッ!」


死んでしまいたくなるんだ。だからもう一度、もう一度。君に会わせて欲しい。それだけでいいから、それしかもう、我儘は言わないから。神様ってやつが本当にいるのなら、もう一度だけ最愛の人に会わせほしかった。


「精市、精市…ッぅ、ふ…ぅあああッ」


不意に彼の言った言葉が頭の中を過ぎった。

――でも仁王だけは、絶対に泣かないで――

そんなの、無理に決まっている。だっていま、こんなにも苦しい。昨日感じていた筈の幸村の体温が、一気に体中から抜けていく感じがした。どんどんと冷たくなって、寒くなっていく。溢れていく涙が、止まらなかった。


「愛しとる、愛し…とる、精市、精市……ッ!!」


これから自分は一体何を糧に生きていけばいい。大事な人が居ない世界なんて、無意味にしか感じないのに。冷たい風が、そんな俺を責めるように頬を撫でた。

そして嗚呼ほら。
世界の色が、なくなった。



(20100616)
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