You lost my lost Color.(幸仁)



※幸村くん死ネタ


「ねぇ仁王」
「なん?」
「仁王は、俺が死んだら泣いたりとかするのかな?」
「………は」


にこりと微笑みながらそんなことを聞いてきたのは、俺の恋人である幸村精市だ。幸村は病院のベッドの上で俺の剥いている林檎を待ちながら、唐突に聞いていた。先ほどまで軽い世間話だったのに、突然どうしたのかと定番のウサミミ林檎作成のために勤しんでいた林檎と包丁を危うく落としそうになる。脈絡のない質問をしてくるのはいつものことなのだが、驚く半面で病院という場所では酷く縁起の悪い問いかけに俺は幸村を睨む。すると彼はにこにこと笑みを返してくるだけで、どうなの、と首を傾げた。


「…幸村は、俺にどうして欲しいんじゃ?」
「俺かい?うん、どうして欲しいと思う?」


俺の反応を楽しんでいるのか、楽しそうに聞いてくる幸村に笑いながら話すことじゃないだろうと言ってみても彼はやはり笑みを返してくるだけで、その質問の答えを早くと待っていた。普段から本心を見せない幸村だからこそ、こういう時はどういう風に言葉を返せば良いのかが分からないときが多い。付き合い始めたのは二年の夏頃からだったが、それにしたって解らないことの方が断然多いのだ。何があっても笑ってはぐらかしたりするから、ペテン師なんて呼ばれている俺よりもある意味では性質が悪いのでは、と思ったことも一度や二度ではない。自分は他よりも幸村精市という人物を知っている自信はあるけれど、それでもどうしてこんな質問をしてきたのかと俺は首を傾げるしかなかった。


「…泣いてほしいんか?」


死んだら、誰かに悲しんで欲しいとか思うのだろうか。自分はそういう立場に遭遇したことがないのでなんとも言えないのだが、もしかしたらそうなのかもしれないと妥当な答えを出せば、幸村はクスクスと笑いながら。


「残念。はずれだよ」


と言った。じゃあ一体どうして欲しいのだろう、と知りたいような知りたくないような気持ちになりながら今度は俺が問うてみれば、幸村は俺の頭を撫でながらニコリと微笑む。そしてこれが正解だ、というように彼はゆっくりと言ったのだ。


「俺はね、仁王。仁王にだけは泣いて欲しくないんだ」
「…なして?他の奴はええんか?」
「うん、他の奴はいいんだ。でも仁王だけは、絶対に泣かないで」


そんな無理難題を吹っかけてくる恋人の言うことに眉を顰めているのに、幸村はそれに反して凄く笑顔だ。それはもう不気味なくらいに(でもこんなことを言ったらあとが怖いので口には出さないけれど)。頭に乗っていた手が俺の肩を掴んで不意打ちで抱きしめてきたもんだから、俺は危うく持っていた包丁で幸村に刺しそうになってしまった。


「危ないじゃろ、おまんにささったら大変じゃ…」
「俺は別に、仁王に殺されるなら、それでもいいかな」
「…幸村…」


病気なんかでも死ぬよりも、お前に殺された方が幸せに死ねる、なんて今度こそ縁起でもないことを言うもんだから、拘束してくる彼の腕からどうにか抜け出して近くの棚に林檎と包丁を置いて、幸村の肩を掴む。結構強い力で握ったはずなのに、目の前の男は平然とした顔で俺の顔を不思議そうに、でも笑いながら見つめていた。


「…縁起でもないこと、言わんといて」
「でも、俺明日死ぬみたいなんだ」
「……そりゃ、笑えん冗談じゃの」
「冗談じゃないよ」


本当だ、と視線で訴えてくる幸村の視線が真剣すぎて、俺の心をざわりと騒がせた。しかし当の本人はすぐに表情を柔らかくして、彼の肩を掴む腕を外して俺の体を抱きしめる。強引に引っ張られたことにより、重力やお互いに体が大きいから体重とかもあって、二人ともベッドに倒れ込んで病院の患者用のベッドがギシリと悲鳴を小さく上げた。


「わかるんだよ、それが」
「神の子の力か?」
「そうかもしれないな」


冗談めかして言った言葉に幸村も本気なのか冗談なのか分からない調子で答えるもんだから、俺はさきほどから嫌な汗が背中を流れて仕方がなかった。だって、それはあまりにも笑えないことでしかない。どうして明日死ぬ、なんて死刑宣告のようなことをされなければいけないのだろうか。しかも恋人の、本人の口から。幸村に被さるようにしてベッドに倒れている俺を、幸村は器用に横へと倒させて毛布の中へと包み込んだ。あったかいぬくもりと、幸村の匂いに落ち着いて目を細めれば、彼はふわりと笑ってから俺の額にキスをした。


「…アホなこと、言うんじゃなか」
「仁王は、俺がいなくなったら寂しい?」
「恋人が居らんくなるんが、寂しくない奴なんておるんか?」


いるなら見てみたい、と彼の存在を確かめるように抱きつけば、幸村はそうだねと笑う。だから笑い事じゃないんだと言っているのに、この男はどうしてこうも平然とした顔をしていられるのだろうか。明日死ぬなんて確信めいたことを言っているくせに(性格には確実に明日死ぬ、と幸村は言葉の中に潜ませている)。普段も分かることの方が少ないのに、今の幸村精市という人物が俺は更に分からなかった。


「…幸村は変じゃ」
「喧嘩売ってるのか?」
「違う。やって、明日死ぬ言うんに、全然怖そうやない」


むしろ清々しさすら感じてしまうその表情に、むしろこっちが恐ろしいくらいだ。もっと人間らしく死と言う不確かなものに恐怖を抱いてもいいのではないか、と思ってしまうくらいに。幸村からは、生に執着しているオーラがまったくと言って良いほど感じられないのだ。そんな俺の心を読んだように幸村はにこりと微笑んで、俺の体をぎゅっと力強く抱きしめた。


「怖く無いよ」
「俺と、もう会えんくなるのにか?」
「俺はいつでも仁王に会えるから」
「…不公平じゃ」


彼が死んだら、もう笑いかけてくれなくなるし、安心する声を聞けなくなるし、何より彼のそのぬくもりも指先も、感じられなくなるのだ。和やかな表情の死体を見たとしてもそんなのには何の幸福も得られないし、何より火葬なんてものがあるからその顔を見ているのにも期限がある。エンバーミングという防腐するための処置法が米国にはあるらしいけど、日本ではその技術はほとんど使われていないらしく、結局お別れなんてすぐなのに。それなのにこの俺の恋人は、なんて幸せな顔をしているのだろうと思った。


「大好きだよ、仁王」
「嘘くさか…」
「うん、でも、愛してるよ。お前のこと、誰よりも」


ぎゅっと抱きしめてそう耳元で囁いてくるくせに、死を目前にしている本人よりも俺の方が恐怖を抱いた。もしも、もしも幸村が言ったことが本当ならば、明日の面会はもうなくなるということになる。他愛のない話もできなくなるし、抱きしめあうこともできないし、熱いセックスすらもできなくなるんだと思うと血の気が引いた。そしたらきっと学校に幸村の死んだ報告が入って、葬式が行われて、テニス部のレギュラーの奴らと一緒に葬儀に参列して、涙を流すのだ。現実味がないことのはずなのに、どうしてこんなにも胸がざわつくのだろう。


「だからさ、仁王」
「…なんじゃ。死なんようにでもしてくれるんか?」
「違うよ。今日はさ、病院に泊まっていかないか?」
「……そんなん、無理に決まっとるじゃろ」


身内とかであれば病院に一泊くらいさせてもらえると思うのだけれど、なんていっても俺と彼は他人だ。恋人だ、なんて言っても誰があくまでも他人の俺を泊めさせてくれるのだろうか。流石にそれは無理だろう、と思う半面で明日幸村が本当に死んでいるのか確かめたいとも思う気持ちもある。そう思っていたのが表情に出ていたのか、幸村は俺の体を抱きしめながら再び耳元でこれでもかって位の優しい声色で言ったのだ。


「大丈夫だよ。病院の方に許可はもう取ってあるから」


大事な人が来るからと頼み込んで、なんとか看護士さんに許可を貰ったのだと楽しそうに話すもんだから、俺はため息しか出ない。もちろん泊まるだろう、と拒否権なく言われた言葉に俺は渋々承諾して親に連絡すると言って幸村の病室を後にした。結局のところ、自分も幸村の側に居たいし悪い申し出ではないのだ。幸村に甘えてたい気持ち半分、死を見届けたい気持ち半分で俺は公衆電話に向かう。


「…でもそんなん、ありなんか」


彼の凄さはどこに行っても発揮されるのだろうか、と思わず顎に手を当てて考えてみた。でもそれが幸村精市という人物なのだ、と言ってしまえばなんだか納得できてしまうのだから、本当に不思議だと思う。幸村と一緒に居ることができる、というその幸福が何にも勝って、俺はさっさと連絡を済ませて病室へと戻った。


「早かったね」
「急いだからのう」
「…本当に、仁王は可愛いな」


茶化すように言ってくる幸村の言葉に若干頬を膨らませながら近づけば、おいでというように両手を彼は広げたもんだから、俺は飛び込むように抱きついた。やはり自分は彼の体温と匂いが大好きだ、なんて改めて確認する。すると突然ふわっとした浮遊感に襲われて驚きから瞬きをすれば、視界の先には病院の真っ白な天井と幸村の顔だった。この状況に一体何が起こっているのかなんて、盛りな中学生にはすぐに分かってしまい表情を隠す前にキスをされた。


「んんっ…ふぁ、ぅ…ん、ふっ…」
「ん…っ」


久々にした濃厚な口付けに体全身が火照っていくのが分かる。彼が入院してからと言うもの、セックスという行為をしていなかったために溜まりに溜まった性衝動が顔を出す。そういえば最後にしたのはいつだったか、と記憶を辿ろうとしたがワイシャツの中へ手を滑り込ませた幸村の想像以上に冷たい体温にビクリと体が震えて、思考が中断された。


「っゆ、きむら…」
「なんだい、仁王」
「病人じゃろ…寝とらんで、ええの?」
「うん。それよりも、仁王が欲しい」


欲しくてたまらなかったんだ、と微笑んだ彼に俺も微笑み返せば、幸村はにこりとすごく綺麗に微笑んで、俺の体を抱きしめた。そして性急に体に施される愛撫に反応するままに嬌声を殺していれば、不意に見えた時計の時刻にもう七時か、なんて暢気に考える。夕食はもう彼も済ませていたし、俺も病院に来る前に軽く済ませてきたから、邪魔するものはなにもない。不意に俺の眼前を綺麗な藍色が染めて、唇には優しい感触。襲ってくる甘い快感に、俺はこのままずっと続けばいいのになんて思いながら、体に染み渡る幸村の体温を存分に貪った。


―――…


重い瞼を開ける。すると窓から申し訳程度に差し込む光に弾かれるように、俺は時計に目をやった。時刻は現在は午前八時で、セックスをした後にしては随分と早起きだ。久しぶりということや、幸村自身が容赦なく何度も攻めてきた為に、眠ったのは深夜三時とかそんなもんだったか、と記憶を辿る。病人の癖にどこにそんな体力があったのか分からなかったが、久々に幸村の熱を感じられたからいいだろう。だるい体を起こして隣を見てみるとそこには心地よさそうに眠っている幸村の姿があった。昨日ふざけて死ぬ、なんて言っていたけれど、ほら、ちゃんと生きているではないか。頬を撫でればあったかいし、口元に手をかざせばちゃんと息をしているし、脈だってちゃんとある。


「…あんま、心配させんでよ」


恋人が死ぬだなんてそんな哀しいこと、できれば寿命直前になるまで体験したくはない。散らばった制服を取って、ゆっくりとした動きで身に着けているとベッドの盛り上がった部分がもぞもぞと動く。そして掠れた声で仁王、と呼ぶ声がしたもんだから、俺はその方向へと視線を向けて微笑んだ。


「はよう、幸村」
「うん。おはよう、仁王」
「やっぱり、死んどらんかったやろ」
「そうだね」


残念だ、なんて全然残念じゃなさそうに笑うもんだから俺はムッとして幸村の頬を緩くつまんだ。それでも尚笑うもんだから、俺は最後にネクタイを締めて学校に行くと一言言う。すると少し寂しそうな顔をして行くのかい、なんて言うからまた今日来ると言ってやると、彼は嬉しそうに笑った。来て早々に放っておいたテニスバックを肩に掛けて、俺は幸村へ別れの挨拶をする。


「じゃあ、またな、幸村」
「うん。バイバイ、仁王」


病室を出ようと扉に掛けて、再び手を振ると幸村の嬉しそうに手を振った。きっとまた会えるんだなんてそんな暢気な気分を、一瞬だけざわりと嫌な予感が過ぎ去ったが、俺は気のせいだと思い込んで考えないようにした。だからきっと聞こえなかったんだ。俺が病室を出る間際に、彼がさようならと言っていたことに。

これが俺と幸村精市との、最後の会話になるなんて、思っても居なかった。



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