白鳥のような貴方



気がついたら涙なんて流していた。あれ、と目元に溜まる涙を拭ってみるけど、次々に溢れてくる涙は止まることを知らないというようにどんどんと零れてくる。早く止まってくれとごしごしと目元を擦れば、突然伸びてきた手が俺の腕を掴んでその動きを止めた。それに驚いて顔を上げてみると、そこには心配そうな表情をした愛しい人がいて、擦ったら駄目だと俺の腕をぎゅっと掴んでいた。


「…なして、泣いとるん」
「気にしなくて、いいっすよ」
「そんなん無理に決まっとろうが」


心配そうに眉を下げて大丈夫かと何度も聞いてくる彼に、大丈夫だと返せば複雑そうにやっぱり心配だという顔で見てきた。不意に、キラキラと光る彼の特徴的な銀髪がカーテンの隙間から差し込む太陽の光でキラキラと光っているのに気づく。綺麗だな、なんて現実逃避するように笑みを浮かべてみれば、彼は更に心配そうな顔になったもんだから、失敗したと自分の行動を悔いた。でも彼はそんな俺の心理を気づいているかのように、俺の名前をいとおしげに赤也、と俺の大好きな声で呼んだ。


「なん、すか…」
「泣くんじゃなか」
「あはは…泣いてませんって」


そう言えば、彼は首を横に振って泣いていると口にした。彼に心配を掛けたくないのに、更に涙が溢れてくるもんだから自分の涙腺を恨む。いつでも男らしく、カッコよく決められるように、なんて付き合ったころの目標は今はどこかに旅に出掛けてしまったようだ。布団から上体を起こした彼を視線で追えば、突然温かいぬくもりに体が包み込まれて、俺は彼に抱きしめられているのだと気がついた。


「…雅治さん…?」
「どうやったら、止まるんじゃ?」
「え」
「赤也の泣き顔見とったら、俺まで悲しくなってきおった」


直接肌と肌が触れ合って、俺は彼の――雅治さんから伝わってくるぬくもりに涙がとめどなく溢れた。雅治さんと付き合ってから、俺はなんだか自分の本当の姿って奴をよく見るようになった気がする。強がりとか、背伸びをすることもできない、弱い自分。そんな本当の自分ばかりが顔を出してしまうもんだから、いつか彼に嫌われてしまうんじゃないかって怯えていた。本当は弱いんだ、と愛想を尽かされてしまうんじゃないかないか、と。しかしそんな俺の心を、雅治さんはわかっているというようにいつでも包み込んでくれて、俺は彼の優しさに甘えていた。


「…どうしたら泣き止むんじゃ?」
「……て、くれ…たら…」
「なん…?」
「雅治さんがキスしてくれたら、止まるかも、しんないっす…」


俺は彼の優しいキスが好きだ。自分のするがっつくようなキスとは全然違って、すべてを抱擁してくれるような温かい接吻。愛されているんだと、すべてを出していいのだと言ってくれるその口付けは俺の一種の精神安定剤になっていると言ってもいいかもしれない(勿論、俺にとっては彼自身が精神安定剤だけれど)。だからしてください、と彼の腰に両手を回して強請るように言えば、彼は俺の両頬を包み込んで触れるだけのキスをした。


「…泣き止んでないやない」
「おかしいっすね。いつもなら、泣き止むんすけど」
「赤也、」
「なんすか?」


数回触れるだけのキスをして、俺の体を力強く抱きしめた彼は俺よりもでかくて体格もいいはずなのに、すごく儚い存在に感じた。そして耳をちゃんと澄まさなければ聞こえなくらいの声で、彼は俺の体をぎゅっと抱きしめながら言ったのだ。


「俺は、ここに居る」
「……ッ」
「居なくなったりせん。…やから、泣くのはやめんしゃい」


彼の声が震えているのに気づいて視線を上げて彼の顔を見てみれば、今度は雅治さんが涙をポロポロと流していた。嗚呼綺麗だな、なんて不謹慎なことを思いながら今度は俺からキスをすれば、雅治さんはそんな俺を求めるように抱きついてくる。すごく儚い存在に感じる彼。どっかに行ってしまいそうで、置いていかれそうで、それで俺はああそうかと一人納得をした。


「どこにも、行かんから」
「…そう言って、どっか行っちゃいそうなんすよね。アンタって」
「そら、おまんも同じじゃ」
「雅治さんほどじゃないっすよ」


今、彼は自分の腕の中に居るのに、不安で不安でたまらない。同じときを過ごして、同じ夜を過ごして、たくさんたくさん体を重ねたはずなのに、彼と向かえた朝に泣きそうになったりするのは、嬉しくて怖いからなんだと思う。腕の中に居ると安心している半面で、どこかに行ってしまうという不安要素に駆られて、毎度毎度泣いてしまうのだ。

だって彼は綺麗だから。まるで白鳥みたいに、美しくて綺麗で、何もかもが完璧。だからいつか、その美しい白い羽を広げてあの青い空に羽ばたいて行ってしまうような、そんな気がしてしまうのだろう。必死になって、もがいてもがいて手に入れた仁王雅治という存在が、腕の中に在ることにほっとするのだ。


「…言うてろ」
「じゃあ言ってます」
「……やっぱ、言わんでええ」
「どっちっすか」


嗚呼やっと、俺は自然な笑顔が浮かべられた気がした。抱きしめてくれている彼の腕が現実味を増して、俺の心に安心と幸福を与えてくれる。だからこのまま、どうかどこにも行かないでというようにベッドに押し倒して力いっぱいに抱きしめた。


「あかや、くるしい」
「…雅治さんがどこにもいかないなら、緩めてもいいっすよ」
「……どこにも行かん言うとるじゃろ。人の話、聞いとらんかったんか」
「でも、心配なんす」


彼を縛り付けるだけの力はない。彼を束縛する権利もない。恋人と言う関係だけれど、あくまで一個人を束縛していい権利なんて、きっとどの世界にだって存在しないだろう。けれど、言葉という鎖でせめて繋いでおきたいのだ。繋ぎとめて、どこにも行けない様にしておきたいのだと思う。矛盾していると誰かが囁いているのに、安心できる要素が少しでも多く欲しいからと俺は彼の体に真っ赤な痕をつけた。


「ッ…あか、や…」
「雅治さん。大好きっす、愛してます」
「知っとる。俺も、赤也んこと滅茶苦茶愛しとるよ」


その言葉に体に篭っていた力がスッと抜けて、俺は抱きしめていた腕から力を抜いた。すると雅治さんの腕が俺の首に回ったもんだから、俺も彼の後頭部を抑えてキスをした。さっきみたいな触れるだけのものじゃなくって、お互いを奪い合うような深い深いディープなやつ。いっそこのまま一つになれちゃえばいいのに、なんて無茶苦茶なことを思いながら彼の口腔を貪れば、幸福が心を満たした。


「…あほんだら」
「なんでっすか」
「俺は、おまんの側から居らんようにはならん。やから、心配すんな、わかめ」
「……はは、そりゃすげぇ嬉しい告白っすね」


わかめはいただけないけど、と笑いながら返せば、でもそんなわかめなおまんも好きじゃよなんて無邪気に笑うもんだから、また涙が出て。でもこれも、哀しい涙じゃなくて歓喜の涙なんだよ。

ニッと笑って彼の名前を呼べば、雅治さんは幸せそうに笑って、俺の体を抱きしめてきた。



(20100612)
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