思考回路に愛の引き金



閉じ込めておきたい。一生自分だけのものにして、自分だけが彼を知って、自分だけが彼に愛されればいい。本能に忠実な俺の心は、そうしてしまえば良いだろうと悪魔の囁きを唱えてじわりじわりとその言葉を浸透させていく。嗚呼どうしよう、彼を自分だけのものにしたい、という欲望が最高潮に達した。そして同時に何かが外れるような音と共にガチャンと俺の中の何かが音を立てて落ちたようだ。


「謙也さん」


名前を呼んでも返事はない。そして聞こえてくるはずの寝息も聞こえない。そりゃそうだ、なんて言っても自分は彼を無茶苦茶に犯したのだから。ぐちゃぐちゃに犯して、泣かせて、許しを請う声を無視して只管に叫ばせて、彼の涙を見るのは嫌な筈なのにそれが更なる興奮材料になる自分自身がおかしかった。


「かわええ、俺の謙也さん…」


俺と謙也さんは所謂恋人同士。男同士だけれどそんなの関係ないし、愛していれば軽蔑されようが何しようが世間の目なんて無視してやるってほどに俺は彼を愛していた。溺愛し、セックスをして、惜しむことなく俺の中に溢れる愛をすべて彼に贈っていた。それに彼自身も嬉しそうにしていたように思うし、笑っていてくれたからきっと永遠にこんなふうに続くものだと思っていた。


「なぁ…謙也さん、謙也さん」


それなのに、いつしか彼は俺に恐怖を抱いていた、らしい。いつからかなんて分からないし、聞きたくもなかったから聞かなかったけれど、俺が触れるたびに身を震わせて、名前を呼ぶたびに歪な笑顔を浮かべて、抱くたびに哀しそうで苦しそうな表情を浮かべていた。認めたくない現実だ、とそんな彼の態度を無視していたのだけれど、ある時彼の名前を呼んだ俺に彼は嫌だと拒絶の言葉を吐いたのだ。


「愛してんねん。なぁ、謙也さんは?謙也さんはどうなん?」


触らないでくれ、呼ばないでくれ、近づかないでくれ、お願いだから。いっきに捲くし立てられたそのときの言葉は今も鮮明に覚えているし、思い出すたびに腹が立つ。流石に暴力を振るうなんて愚かなことはしなかったけど(だって彼の体に痣なんて似合わないから)、沸き起こっていた小さな独占欲が押さえ付けていた理性という名の袋の中で爆発して、欲望に忠実な俺を作り上げた。ある日、嫌がる謙也さんにありったけの優しさを贈って、今まですみませんでしたと表面だけの謝罪を精一杯に演じて、彼を俺の家に呼んだのが今の始まりだ。


(酷いこと言うて、ごめんな…)


申し訳なさそうに謝った謙也さんをみて、ゾクリと背中を快感が走る。しかし場違いなそれを悟られまいとどうにかそれをやり過ごして、彼を家に招きいれた。俺が仮面を付けているなんて知らないで無邪気に笑っている謙也さんに酷くイラついて、彼に聞こえないように舌打ちをした気がする。


「嗚呼、かわええ…」


でも彼を家に招きいれた途端、俺は一気に仮面と捨てて謙也さんを俺の部屋へと無理矢理連れて行った。そんな俺に恐怖を覚えたのか突然暴れだした謙也さんをどうにか押さえ付けて、部屋に置いておいた鎖で首と、両手と、両足を逃げられないように繋ぐ。何をされたのか、これから何をされるのか分かったらしい謙也さんは一気に青ざめて、さっきまでの笑顔が嘘のように俺を罵倒した。


(なんでこないなことすんねん!光なんて嫌いや、アホ、死んでまえ!俺の前からいなくなってまえ!)


放せと叫ぶ謙也さんをねじ伏せて部屋にあるベッドへと押し倒せば、彼は泣き叫んで助けてと言った。でも俺の部屋は全室防音設備がバッチリとされているために外に音が洩れるわけもなく、それを知らないで叫んでいる謙也さんを見て、酷く嗜虐心が煽られる。このままずっと俺のもんにしたる、と中学でやっていたテニス以来の気合が入って俺は彼の耳元で優しく愛を囁いた。


(愛してますよ、謙也さん)


ありったけの優しい声に甘さを含ませて言えば、彼は悲痛と恐怖に表情を歪めて俺に何度も大嫌いだ、死んでまえと叫んだ。無理矢理行ったセックスは生憎と気持ちいいと感じられるようなものではなかったけれど、彼が意識を失っても尚その行為を続けた。声と意識を失った謙也さんはただ揺さぶられるだけになって、何度致したか分からない行為に流石に疲れた俺も眠りについたのだ。それがそう、俺が高校二年で謙也さんが三年に上がって、夏休みなった今から数えて一週間くらい前の話。


「おかしくなりそうやねん。謙也さんが好きすぎて、なぁどうしてくれるん?」


ご飯を食べて(でも全然食べへんねん。これはめっちゃ困る)、セックスをして、適当に話をして(ただしこれは俺の一方通行やけど)、そしてまたセックスをしてという生活。酷く不健康に思えるかもしれないが、夏休み期間中だし、俺は高校に上がってからは一人暮らしを始めたのだから問題はない。充実している、と思った。彼は中々懐いてくれないけれど、いつか堕ちるだろうと踏んで俺は惜しみなく再び彼に愛を注いだ。


「…ああ、あかんわ、おかしくなりそう」


普通の愛し方が俺にはわからない。だってこれが俺の普通だから。頬を何度も引っ掻かれて、何度も殴りかかろうとしてきて、でもそれすらも愛しくて、俺は更に彼を手放したくないと思った。日に日に増していくその感情にすら愛しさが込み上げてきて、俺は知らず知らずの内にクスリと笑みを浮かべる。


「なぁ謙也さん、はよ目ぇ開けて?いっぱいいっぱい、話したいねん」


拒絶なんて可愛らしい。一生懸命ですって感じが伝わってくるから。でもどうしよう、それらも全部愛しいなんて、俺はきっと彼が誰よりも好きなんだ。世界の中心で叫んでも構わないし、むしろそうして世界中に忍足謙也は俺のものなんだと主張しようか。こんな愛し方をするやつを、俺は知らないし見たこともない。だからきっと、これは俺だけの特別な愛し方なんだと思う。だから分かって欲しかった。俺が貴方をこんなにも好きなんですよって、きっと彼ならわかってくれると信じてたから。


「ほんで一杯愛したいんすわ。ねぇ謙也さん、謙也さん」


俺の愛情の安全装置を外したのは忍足謙也という愛しい人物。そしてその引き金を躊躇わずに引いたのは俺、財前光。幸せな共同作業。だから、だからね、謙也さん。


「はよう、俺だけしか考えられんようになってな?」



(20100609)
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