これを狂愛とは呼ばないで



何かが壊れるような音がした。パキン、というよりもバキンという風に表現した方が合っているだろうか。崩壊した音。破壊された音。自分の耳に聞こえたその音は、酷く脆いもののように感じた。


「なんでアンタは、一々俺の気に障るようなことをしはるんですか?」
「ご、めん…」


泣きそうな表情を浮かべた彼、忍足謙也という俺の大切で大好きな恋人。綺麗な、太陽のようにきらきらした表情を曇らせて、泣きそうな表情にしたのは俺。そんな彼に可愛いな、なんて思う自分は正常であるのに、世間一般からみたらこの愛情表現は異常らしい。実際、ついこの間神妙な顔をした部長に謙也さんと別れろと言われたくらいだ(いくら長い付き合いやからって、俺らの恋愛事情にまで干渉してくんなや、と思ったんはここだけのハナシ)。


「アンタは、俺のもんでしょ?」
「おん…」
「せやから、俺を苛立たせんといて」


ねぇ謙也さん、なんて優しい口調で言ってるつもりなのに、周りから聞いたら自分が思っているよりも自分の声色は無色に聞こえるとか、聞こえないとか。そんなどうでもいいことほど、意外と思い出したりするんだから自分の脳味噌というものは本当によく分からない。そういえば、どうして彼を責めているのかという重要な理由を忘れてしまった。
はて、一体何が理由だったのか。


「ひ、光…ごめん…な…」
「なんで謝んねん、謙也さん」
「光が、怒っとるからやろ」


ごめんなさい、なんて可愛らしく謝る彼が可愛らしい。なんだこの生物は、と自分より体の大きい恋人を見て思う。そしてああそうか、と自分が怒っていた理由を思い出した。彼が勝手に知らん奴と仲よく話していて、まるで俺なんて眼中にないんだというような彼の純粋な笑顔にムカついたのだ。だって、あんたの笑顔も何もかもは全部俺のもなんでしょ(貴方は俺の所有物とちゃいますか)。


「謙也さんは俺のやろ?」
「…おん」
「せやから、俺だけ見て、謙也さん」


それが何故だか分かりますか。なぜなら、俺が貴方のことを世界一愛しているから。貴方は俺のモノで、俺は貴方のモノだから、他のどこの馬の骨かも分からん男と喋っているのは許せないのだ(勿論、あんな媚を売るような女どもなんて論外や)。


「光」
「なん?――ッ!」


突然名前を呼ばれたと思い彼の視線を受ければ、謙也さんは突然俺に抱きついてきた。予想外の謙也さんの行動に驚いて目を見開く。でもその半面ですごく喜んでいる自分がいた(嗚呼、めっちゃかわええわ)。


「俺は、お前のもんやろ」
「当たり前でしょ」
「やからそんなに不安そうな顔、せんといてや」
「…不安そうな顔なんてしてへんすわ」


そして何を言い出すのかと思えば、愛の言葉の後にまさかのビックリな言葉。もしかしたら今日はこの人に驚かされてばかりかもしれない。抱きついてくる謙也さんの背中に腕を回してぎゅうっと抱きしめれば、謙也さんも俺の体に抱きついてくる。優しい彼のぬくもりに包まれて安易の息を洩らせば、謙也さんはそんな俺の気持ちを察したかのように頭を撫でてくれた。


「でも、そんな光が大好きやで、俺は」
「知ってますよ。謙也さんは俺のこと、大好きですもんね」
「それは光なんとちゃう?」


さっきまでの神妙な雰囲気はどこに行ったのやら、どことなく和やかな雰囲気に今いる空間の雰囲気が変わった気がした。物に感情があるとか思ってはいないけど、置いてあるすべての物の緊張も取れたように思える。彼が居れば世界が華やかになる、結局は自分は彼が側に居ないと駄目なんだと思った。


「今日は殴らんで済みましたわ」
「別に、殴られてもええねんけど」
「さすが謙也さんやな。さり気なくマゾヒスト発言しよった」


勿論この人をマゾに目覚めさせたのは俺なんだけれど(本人はそれを否定するけど、実際に謙也さんはめっちゃマゾや)、嬉しさから笑えば謙也さんは少し複雑そうに眉を顰めた。でもそんな表情すらも全部全部愛しくて、先ほどまでの苛立ちなんてどこか明後日に投げ飛ばした俺は、謙也さんの体を勢いよく押し倒す。ドンッという音を立てて倒れた謙也さんの体に被さるように抱きつけば、謙也さんは小さく笑っていた。


「光?」
「ご希望にお応えして、めっちゃ暴力ふるってやろうかと思いまして」
「や、別に応えんでもええって」
「でも謙也さん、期待しとるんとちゃうの?」


根っからのマゾヒスト。そして俺を愛してくれる人。愛しさが止まらない俺のこの感情を、彼はすべて受け入れてくれる。愛してるんだと囁けば、彼は笑いながら俺の頭を抱えた。


「謙也さん、謙也さん」
「なん?」
「めっちゃ好きです。愛してます」
「そんなん、知っとるっちゅー話しや」


無理矢理彼の着ていたワイシャツの前を破けば、ボタンが弾けてどこかに飛んだ。ほんのりと焼けた綺麗な肌は、俺の情欲を誘うには十分で耐え切れずに噛み付いた。すると彼の体はビクンと跳ね上がり、一瞬快感に打ち震えたように思える。ほんまにマゾやなこの人、と愛しい人の体に噛み付けば謙也さんは弱弱しい声で俺の名前を呼ぶ。


「光の阿呆」
「なんです、喧嘩売ってはるんですか?」
「ちゃうて。好きっちゅー意味や」
「分かりにくいっすわ」


殴りたいほどいとおしい。殺したいほど愛してる。無茶苦茶に犯したいほど愛したい。そんな思いを全部全部胸のうちに抱えて謙也さんの体を掻き抱けば、彼の口からは歓喜の声が聞こえた気がして、俺は謙也さんの鳩尾を殴った。



(20100527)
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