※本編とは全く関係のない学パロ
「兄様、好きな子ほど困らせたりしちゃうタイプなんだ」 だからごめんね、なんて彼の弟が肩を竦めはにかみ笑っていたのはいつの話だっただろうか。
頭が痛い。自然と眉間に皺が寄るのが分かる。 なんで、どうしたらこんな惨状に為りうるのか。 視界に映るのは山、山、山。足元にはインスタント食品の山、 ソファーには脱いだ服の山、綺麗に掃除した筈のフローリングには同居人の教科書プリントエトセトラ。 彼は一体何がしたいのか、兄弟とはいえこの所業は彼の兄も弟も理解出来ないのではなかろうか。
半年ほど前ルームシェアをしよう、という話になった。 入院している璃緒を差し置いて引っ越すのは如何なものかと思ったが、 生活費も馬鹿にならない。それが現状だった。 そして節約に努めようとどこか安いアパートで家賃を折半してくれるルームメイトを探そう、という流れである。 ここまでは良かったのだ。 その旨を不本意ではあったが後輩である遊馬に相談し、 紹介されたのがピンク色の髪と幼さの残る顔立ちが印象的なミハエル=アークライト。 歳も1つしか違わないし、一言二言話した印象では気さくでよく他人を見ている奴だと思った。 何より遊馬の紹介だし、彼となら仲良くやっていけるだろうとそこまで思考を逡巡させた矢先に告げられた言葉は 「実は僕の兄様もルームシェアの相手を探していて…」 であった。 何故その場に当人がいないのか、どうやら彼の「兄様」は大変忙しいご身分らしい。 話を聞けば高等部で生徒会長をやっているだとかなんだとか。 態度の人当たりも大変良く教師からの評価も上々。更にルックスも良く廊下を歩けば女子生徒の黄色い声、ファンクラブなんて馬鹿げたものまであるらしい。 そこまで話したミハエルに「もういい」と言い放った。 ミハエルの「兄様」の人となりは分かった。ならばそれだけで構わない。 アークライト家は裕福であると聞いたから何故彼の兄がルームシェア相手を探しているのかは皆目見当もつかないが、それはまあいいだろう。 それだけ周囲から信頼を集めている上にこの優しげな少年の兄だ。どうにかなるだろう、と。 それが間違いであり始まりであった。
「おいトーマス!いるんだろうが出てきやがれ!」 叫びながらこの惨状を引き起こした張本人を探す。最も、探すと云っても居場所の見当はついているのだが。 目的地は寝室。部屋の前に立ち止まり、鬱憤を晴らすかの如くドアを蹴破る。 木製のドアは情けない音をたてて呆気なく壊れてしまったが、今はそんなことはどうでもいい。 ベッドに視線を移せば膨らんだ掛け布団から彼の金と赤紫の髪が薄らはみ出ている。
「トーマス!」
追い討ちをかけるように叫んでも身動きさえしない、間違いないヤツは起きている。 つかつかとベッドに近寄り、思いきり布団を剥いだ。
「…おいトーマス起きてんだろ、テメェまた」 「おや凌牙じゃないですか!修学旅行は終わったんですか?待っていましたよ!」 散らかしやがって、は言葉にならなかった。 やっぱり起きてやがるじゃねーか、だとか 待っているくらいなら掃除しろ、だとか 言ってやりたいことは沢山だ。だがその前に。
「そのキメェ話し方やめろ」 「…」 「トーマス」 「…チッ、ったくうるせえ」
先程までの朗らかな雰囲気はどこへやら、あっという間にガラッと雰囲気は変わる。 これが素なのだ。 人当たり良し、眉目秀麗、成績優秀、ファンクラブまで存在する生徒会長サマの真の姿はどうしようもない人間だった。 他人を虐げることに悦楽を覚え、それを「サービス」として提供する。 それがこの同居人、トーマス=アークライトだった。 無論初めは変わりように驚いたが、特に手出ししなければ害のある存在ではない。 元より他人には人並み以下の興味すら持ち合わせていない凌牙には至極どうでもよいことであった。 しかし哀しいかな、こちらに興味がなくとも何が彼の琴線に触れたのかトーマスは異常に凌牙に付きまとう。 それこそ朝登校するとき、休み時間、昼休み、放課後下校するまで。 おかしなくらい彼は自分に執着している。鬱陶しいことこの上ない。 堪えかねてミハエルに相談したところで冒頭の会話に戻る、というわけだ。 好きな子、と言われても正直意味が分からない分かりたくもないのだが、困らせたいのは間違っていないのだろうと思う。
二泊三日の修学旅行だった。 料理は普段から凌牙がやっているため(一度トーマスにやらせてみたところ炭の塊のようなものが出来上がったのだ)、短期間だし外食でもしておけと言ったはずだ。 にも関わらず。 台所にはカップラーメンの山。無論スープも棄てていない。 ソファーには脱ぎ散らかした部屋着下着制服のカッターシャツ諸々。 廊下には生徒会の書類(大事じゃないのだろうか)や腹が立つ100点満点のテスト用紙が所々。 暫し同居して分かったのは、コイツは俺がいないとこれといってなにもしない、ということだ。 勿論掃除も。
「おい、あのカップラーメンどういうことだ」 「凌牙がいねぇから出かけんのめんどくさかった」 「学校帰りに食って帰れよ」 「凌牙がいねぇからつまんね」 「なんで俺基準なんだよ」 「知らね」 意味のない問答。トーマスはいつもこうだ、そういった非を咎めれば「凌牙が」「だって凌牙が」。 お前は俺のことしか頭にないのか!と怒鳴ってやりたい気にもなったが、不思議と嫌悪感はわかないのでもしかしたらおかしいのは俺なのかもしれない。 ベッドを抜けて立ち上がったトーマスは制服のままで皺が出来ている。 ああ、後でアイロンをかけるのも自分なのだろうと悟る。 今まで寝ていたせいか髪がぴょこぴょこ跳ねている。それでも男前なのだから不思議なものだ。 「んで、何をどうしろって?」 ぽりぽりと寝起きの頭を掻きながらトーマスが口を開く。 「まず台所。カップラーメンをどうにかしろ。ついでに流しも掃除してくれ、こないだ説明しただろ」 「へいへい」 やる気の感じられない返事をしながら台所へ向かうトーマスを見送り、さて自分はソファーの洗濯物を洗濯機にぶちこむか。 そう思ってリビングに足を向けた瞬間、声がかかった。 「おい凌牙!」 切羽詰まった彼の大声に急いで台所へ。 トーマスは流しの掃除をしているだけで焦ることもない筈、なのだが。 「凌牙大変だ!右の袖がさっき捲ったのに落ちてきてどうすりゃいいんだ!手ェ泡だらけで触れねーよ!」 大事でも起こったのかと不安になった自分が馬鹿であった。 「んなもん泡落として自分で捲れ!」 「泡が勿体ねぇだろうが!」 なんだその理論。なんだよそれ。 反論する気も失せてトーマスのシャツの袖を見やれば、あああんな雑な捲りかたじゃそりゃ落ちてくる、適当にたくしあげただけじゃねぇかそれ。 「トーマス、右腕」 「あ?」 「出せ」 不審げに見られながらも差し出された右腕のシャツの袖を掴む。 そのまま折り畳むように捲っていけばあっという間だ。 「左腕」 「お、おう」 素直に差し出された左腕のシャツのそれも右腕と同じように丁寧に捲ってやる。ふと自分を見やる視線に気づいた。 「…んだよ」 「いや、お前器用だなって」 「は、これくらいが普通なんだよ」 お前が世間知らずすぎんだ、と付け加えれば違いねぇ、と彼は笑った。 「凌牙は主婦みてえだな、片付けも料理も何でも出来るしよ」 「言うなら主夫だろ」 「俺が貰ってやろうか?」 ああまた始まった、コイツのよく分からない口説き文句。 そろそろ言いたいことも色々分かってきてる、だから俺だってここで陥落してやるつもりはないんだ。 「お前の将来の収入次第だな」
がっぽり稼いでやるよ、とからから笑いながら洗い物をするトーマスの袖には少しだけ泡が付いていた。
140315
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