07




「ありあとーあっしたー」

だるそうな店員の声を背にコンビニを出た。外気はぴりりと冷たく、袋の中のねぎチャーシューまんが白い息を吐いている。俺も溜息をついたら白く曇った。

「先生、」

呼ぶ声が明るくなった。先に会計を終えていた月詠先生がコンビニの前で待ってくれている。彼女はこちらを振り返って携帯を閉じ、「終わったか。」と歩き出した。俺は先生に追いつき、横を歩く。


…何かこれ、恋人っぽくね?


口許がにやけるのを抑え切れなくて、顔を先生から背けた。人と人とが歩くのに離れすぎないこの距離。しんと静かな大晦日の夜の道。吐く息の白さ。恋人っぽいというか何というか、いい感じだと思う。


コンビニで、偶然月詠先生に会った。クリスマスにもイブにも先生には会えなかったから心が躍る。先生はいつものようなスーツではなく私服。案外清楚でどきっとした。髪を下ろした先生は、一見、3Cの担任とは別人のようだ。

「先生何買ったんですか」

「ちょっと煙草を切らしていての。春一郎は」

「ねぎチャーシューまんです」

「…最近の肉まんは種類が多くてわかりんせん」

先生と会話していると、ポケットの中の携帯電話が震えた。開いてみれば『紅白お通ちゃん出てるよ(^^)v』と母から。いや別にファンじゃねーし。と携帯を閉じると、先生も再び携帯を開いていた。

「…歌合戦に寺門通が出ているそうじゃ」

先生は携帯を閉じる。

「あ、それ俺のところにも来ました」

お通ちゃん好きなんですか。と聞いたら「そもそも芸能人をよく知らん」と答えられた。ああ、それっぽいよな。と思って、ふと気になったことを訊ねてみる。

「ていうか、そのメール誰からっすか?」

「え、」

……先生が一瞬息を止めた、ような気がする。そこから目を泳がせて、伏目勝ちになって、言葉を迷うかのように口を開いた。

「彼氏ですか」

俺は急に焦って訊く。先生はかぶりを振る。


「いや。その……こども、」

「えええええええ子供いるんですか!?」


うそ、え、やだ、マジでか、彼氏どころか旦那どころか子供だなんてそんなアンビリーバブルな事態があってたまりますかこんちきしょう俺もう生きていけない!みなさんさようなら!


叫びかけて、抱えた頭をベシッとはたかれた。

「阿呆。わっちに子がいるわけなかろうが」

「でっ、でででですよね超びっくりした」

まだバクバクなっている心臓を必死に押さえた。街灯に照らされた先生の頬がほんのりと血色づいている。髪が頬に少し掛かっている。可愛い。

先生は目を空の方にやった。よく晴れ、澄んだ夜空だ。

「………日輪先生の子じゃ」

「へ、」

「今年8つになる」

「……そう、ですか」

日輪先生の名前を聞いた途端、何だか触れて良い話題だったのか迷った。でももう一度先生を見たら穏やかな目をしていて、緑茶を飲んだみたいな安心感が俺の消化器をあたためた。


進路指導のときのあの先生を知っているから、俺は今のこの先生の顔を知っているんだと思う。左側を歩く先生の手をもう一度取りたくなったけれど、今はやめておいた。





バス停に着いて、俺たちはそれぞれのバスを待った。

携帯が示している時刻は23時58分。あともう少しで今年が終わってしまう。

空が晴れているから、今夜は月が綺麗だ。


心臓が丁寧に鳴っているのを感じた。目の前の女性の後姿が不思議だ。きれいな人、厳しいけど優しい人。たまにちらっと可愛い面を見せる人。


「あの、…先生」

「?どうした」

バスの到着時刻を調べていた先生が、こちらを振り返って見上げる。

「先生」


月が綺麗だ。ものすごく、すごく。


「俺先生のこと、………」


途中まで言いかけて止まった。息を飲んだ。



あれ今俺何言おうとした?告白、とか、しようとした?






その時、年が明けた。どこかから歓声が聞こえてきて、おそらくは誰かからのあけおめメールでポケットの中の携帯が震える。バス停のすぐ前の公園の時計は、0時ちょうどをさしていた。



「………明けましておめでとうございます」


低い声で、逃げるかのように新年の挨拶をした。


「……明けましておめでとう」

先生は微笑み、右腕を上に伸ばして俺の頭の上に置く。

「今年は、なお一層頑張れ」

「はい」

「頑張って、志望の進路に行きなんし」

「はい」

泣きたい。絶対泣きたくないが、泣きたい。俺に向かって伸びる腕を、俺はそっと掴んで、先生の手を頭から離した。結構力があるくせに力のなさそうな細い腕をしている。


「言いたいことがあったのではないのか」

「何でもないです」

「………そうか」

先生はまた空を見上げた。






俺は先生のことが好きだ。先生に告白する想像も、先生と付き合う想像も、したことがないわけじゃない。あまりにも一方通行だったから、寧ろそういう部分が大きかった。

しかし具体的にいつどんな風に告白しようとかそんな計画を立てたことは無く、生徒が教師を好きになることのどうしようもなさに甘えて、何もしなかった。何も言わなかった。この片思いを知っているのも多分猿飛さんくらいのものだろう。確かなはずなのに、曖昧でしかない。





今日どうした、俺。どうしたんだよ。何があったんだよ。


バスに揺られながら、やっぱり泣きそうになる。



今年俺はもう卒業で、今晩は悔しいくらいに月が綺麗だった。









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