03




怪我をした。銀魂高校体育祭、午前の部の最終合戦にして目玉試合の三年男子騎馬戦のときのことである。俺は下の騎馬のセンターで、赤い鉢巻を巻いた友人を肩に乗せていた。

騎馬戦はその名の通り戦である。合戦である。血気盛んな男子高校生が思い切り暴れるとなればそりゃあもう漢くさい荒っぽい汗くさい下手したら血なまぐさいくらいの戦いなのである。俺とて男、いや漢。猛馬となって白組の鉢巻をたんまり奪ってやらんと、仲間と共にガンガン前へ出て行ったのだった。そうして二本の鉢巻を奪い騎馬を解体させたのである。

周りの騎馬共ももみくちゃになって鉢巻の奪い合いをしている。すぐ隣で争っていた騎馬が、ふいにバランスを失って、体勢を崩し、俺たちにぶつかってきた。俺たちはドンガラガッシャンとでも鳴りそうな勢いで派手につぶれ、すぐ近くにいたZ組の沖田とかいう奴が涼しい顔をして友人の赤鉢巻を奪い風になびかせ去っていく。チッキショウと思いつつ俺は起き上がった。ら、痛い。すりむいた膝から大層ハデな流血をしていた。血を見た瞬間、何だかものすごく痛くなったような気がした。


そういうわけで俺は今、保健委員のいるテントへ向かっている。お前歩けんの?と心配されたが大丈夫だ。俺も男、いや漢。たとえ試合に負けたってな。(アレ、なんか今のカッコ良くね?)

保健テントと並んで、教職員テントがあった。その中で一番観戦しやすい席に寺田理事長、その脇にハタ校長。そこから一メートルほど離れたところでボードに何か記入していたのが月詠先生である。未だにダラダラ流れる膝の血をそのままにして不器用に歩きながら、俺は月詠先生の名前を呼んでいた。

「春一郎か。どうした」

先生はボードから顔を上げて俺を見、膝を見、眉をしかめた。

「騎馬戦で転倒でもしたか」

「ハイ。惜しかったんスけど」

「痛そうじゃの。早く保健委員の所に行きなんし」

嬉しいような、がっかりしたような、微妙な気分なった。本当は、もし先生が包帯を巻いてくれたりなんかしたら、それが一番オイシイのである。まあ、そんなのあり得ないだろうけど。


保健テントでは、体操着の上から保健委員の腕章をつけた生徒が数名動きまわっていた。俺に気づいたメガネの委員が来てパイプ椅子に座らせる。俺はその保健委員に見覚えがあった。去年同じ委員会だった猿飛さんだ。

「ひどい出血ね。さっきの騎馬戦?」

「うん」

彼女は救急箱から消毒液を出す。さら、と真っ直ぐな長い髪が揺れた。そういえばこの子は美人だ、浮気するわけじゃないけれど。

「痛って」

「我慢なさい」

じくじく染みる消毒液に顔が引きつったけど、猿飛さんは容赦ない。却ってさっきより痛い膝に彼女はぐるぐると包帯を巻いていった。

「……春一郎ってさ、」

「ああ、うん」

猿飛さんが言う。巻きかけの包帯を握ったまま、俺をじっと見上げた。そして、

「ツッキー先生のこと好きでしょ」

唐突に断定的に言い当てた。

「は?」

「わかるわよ」

膝の白い包帯に赤がにじむ。猿飛さんはトラックの方を振り返っていた。午後の競技の準備でトラックに白線を引きなおす先生たちの中に坂田銀八がいる。

「……私も一緒だから」

手を止めたまま、心なしかぼんやりと、猿飛さんが言った。

「ああ…」

くわえ煙草でだらだら白線をひく坂田。その様子を教頭に咎められ、舌打ちし、その教頭が持っていたVジャンプを奪って読み始めた坂田。あーあ、本当に教師かよ、こいつ。授業はわかりやすいけどさ。

ああ、嫌だな。思い出しちまったよ。夏休みの大会前の、あの月詠先生の顔。



「…月詠先生がさ、」


「何?」

「坂、……」

言いかけて飲み込んだ。包帯を持つ猿飛さんの拳にきゅっと力が入っているのがわかった。彼女は久しぶりに俺に目を向けた。その目、坂田に向けたら落とせるんじゃねーかな。と思ったけれど、まあそうもいかないだろう。

生徒が教師に片思いしたってどうしようもなくどうにもならないのは、俺が充分知っている。

「……何でもねーわ」

俺は目を教職員テントの方にやった。月詠先生は坂本先生と何か話していた。それだけで何となく気分が曇った。嫉妬だけは一人前のこのガキんちょを、月詠先生は、どうしたら男として見たり好きになったりするのだろう。


と、ふいに、膝に激痛が走った。


「痛でっ!」

「情けないわね」

見れば、猿飛さんが、びっくりするほどきつくきつく包帯を膝に巻いている。というか寧ろ縛っている。何だよコレ、何プレイだよコレ。怖えよ。

「痛痛痛痛痛いし!おまっ何すんだよ!」

「春一郎、あなたMっ気が足りないのよ」

「はあ?ってかマジやめて勘弁して痛いお願いしまsぎゃふんっ」

俺の膝をぐるぐる巻きにしてから、彼女は容赦なく患部をベシンと叩いた。Mっ気とやらについて俺が説明を求めるより前に猿飛さんは立ち上がる。

「こんなことしてる場合じゃないわ。私、先生にお弁当作ってきたの!」

猿飛さんが立ち上がった拍子に、眼鏡がぽろっと落ちた。「ちょ、眼鏡落としたよ」と俺は言うが聞こえないようだ。猿飛さんはその辺に置いてあった誰かの鞄から明らかにお弁当じゃないもの(あれ、多分ジャスタウェイなんじゃないかな)を取り出して、「せんせー!!」と桃色の声を挙げながら忍者のように素早く走っていった。……日本史の服部先生の元へ。

「これ、お弁当ですうう!」

投げつけられたジャスタウェイを受け取った服部先生はその場で爆発。(あーめん。)遠巻きに見ていた坂田先生は顔を引きつらせている。あああ大変!先生が!保健テントに来て下さい先生!と猿飛さんは叫んで先生を引きずるけれどソレ坂田じゃないから!誰か突っ込めよ!

と、何だか気が抜けるような明るい間抜けさにぽかんとしていたら、いつの間にか月詠先生が俺の横に立っていた。

「せん、せ」

「む、ちゃんと手当てしてもらったようじゃの」

先生は俺のぐるぐる巻きの膝を見て言う。これが「ちゃんと」なのかどうかわからないけれど、先生の表情が少し安らいだから、まあいい。

「ぬし、午後の出番は障害物走と銀玉転がしじゃったか」

「ハイ」

「……あまり無理せんようにな」

月詠先生はソレだけ言って、爆発現場の片付けに向かった。服部先生の介抱には養護の内野先生が既に行っている。


……やべ、嬉しい。俺の出番を把握してたっていうただそれだけのことが嬉しくて、無理せんようにだなんて気遣われたというたったこれだけのことが、俺は乙女かバカヤローってほどに、嬉しい。

「春一郎−!!!」

遠くで猿飛さんが叫んだ。俺の名前を呼んではいるけれど、向いている方向が見当違いだ。何か知らないが、校長の目の前で校長の耳元でものすごく叫んでいた。バ…ハタ校長は耳を押さえているけれど、猿飛さんは気づかない。

「あんたも頑張んなさいよー!!ツッキーにお弁当でも作っ…」

「あああああ言うなバカ!何言ってんだバカ!ていうかこの包帯分厚すぎて全然膝曲がんねーよバカ!」

叫びながら俺は落ちた眼鏡を拾って猿飛さんに返しに不器用に走った。そして、心の中でだけこっそり「さんきゅ」と言った。……心の中でだけな、あくまで。




爽やかな秋晴れの空に、万国旗がはためいていた。








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