12




「目、腫れてない?」

「ちょっと赤いけど、眼鏡あるしそんなに気にならないよ。多分大丈夫」

「本当?」

「本当。」

猿飛さんはそれでも手鏡を取り出して自分の目元を確認し、ついでに前髪を直した。ぱた、手鏡を閉じると彼女は俺を見上げる。

「・・・ありがとう」

「いや・・・・・」

後ろ頭をかく。腕にはまだ猿飛さんの手の感触が残っている。予鈴が鳴る。それをきっかけに、急に時間がまともに動き出したように、教室エリアや昇降口の方で人が移動する気配がきこえた。

がんばろう。お互いに。

C組もZ組も同じ階にあるから教室への帰り道は途中まで一緒なのだが、俺と猿飛さんは別々に教室に戻った。戻ってから級友にずいぶんからかわれた。猿飛さんとの関係はきっぱり否定した。否定しながら、多分俺たちは、全く関係ないただの同学年の男子女子ではないと思っていた。かといって友達でも恋人でもない。争っているわけじゃないから、ライバルでもない。戦友か、いや、近いけれども何だかそれも違う気がする。


帰りのSHRでもやはり月詠先生はいつも通りだった。クラスが勝手に浮かれたり沈んだりしている中で。教室を出ようとした月詠先生に、何人かの女子が駆けよって、手作りらしいかわいい包みを渡していた。月詠先生は受け取りながら不思議そうにそれを眺め、ふっと微笑んで、彼女たちに何か(多分お礼を)言う。出席簿と書類ファイルの上に包みを乗っけて、教室を離れていった。

結局今日一日、月詠先生に関しては何もなかったな、と思う。でもまあいい、切り替えよう。明日は入試だ。そう自分に言い聞かせて昇降口に向かった。受験しない組の奴らは相変わらずラーメン会をやるらしいが、さすがに今日は誘われなかった。その代わり受験終わったらラーメン祝勝会するから絶対参加な、春一郎のオゴリな、と言われた。何かがおかしい。

あとひと月もすれば通らなくなるこの廊下を、別段厳かでもない気持ちで渡り、自分の靴箱を開ける。良かった、果たし状は入ってない。小汚いスニーカーを履こうとすると、しかし、左足の裏にモヌッとヘンな感触のものがあたった。

何だ。

左靴を掴んで振ると、五センチ四方くらいのものが、ぽとり、足元に落ちた。

拾ってみれば、お守り。「学業成就」と縫われている。ついでに小さなふせんがついていて、多分孔子か何か昔の偉人の言葉なのだろう、漢文の短いメッセージが書かれていた。漢文って。バレンタインなのに、漢文って。それを靴の中にシュートって。

何だかおかしくなった。でもそれ以上に嬉しくなった。……いいよね、多少は浮かれても。

無記名だけれど、この字が誰の字か、俺知ってるわ。毎日、毎週、よく黒板で見ているあの字と一緒だ。


チョコレートでも愛の言葉でもないけれど、きっと、明日はうまくいくだろう。うん、うまくいく。


靴を履いて外に出る。北風が真正面から吹きつけて、マフラーを巻くのを邪魔してくる。でも俺は真っすぐに前を見据える。小さなふせんをつけっぱなしのお守りを、そっとコートのポケットに仕舞いこんで。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -