09




二月のある朝、昇降口にて友人に神妙な顔で言われた言葉。

「お前の靴箱、何か入ってる」

寺門通の新曲の名前かと思ったら違った、本当に異物が入っていた。白い内履きスニーカーの上に何かがちょこんと乗っかっているのである。これがもしハムスターならば大いに和むところだが、動かないし平べったいので、生き物では無さそうだ。

というか、小さい手紙のようだ。

「…何これ?」

「ラブレター的なアレじゃねえの?」

「うそマジで」

ラブレターという不埒な言葉に、俺は慌てて異物を回収した。

もうすぐバレンタインだもの、俺にもこういうフェノメノンがハプンしていい筈だ。とは云えこんなことが起きるのは実に保育園以来。まさか先生から?いや他の子か?誰?心臓が踊っているのを感じながら、欧米人のような勢いで封筒を開け中身を取り出す。



「…………」

「どうだった?誰?つか、マジでラブレター?」

「…………」

「……春一郎?」


友人が覗き込もうとするのでサッと隠した。そして手紙を鞄の中に仕舞った。

「ちょ、どうしたんだよ」

友人は訝る。手紙を読んだ瞬間、俺のテンションと口角と肩がガクッと下がったからだろう。スタスタ歩き出した俺に続く友人を振り返り、涙目で告げる。

「…ラブレターじゃなかった」

「は?」

「女子からだったけど、果たし状だった」

「…………はァ!?」


こっちが「はァ!?」と言いたい。




手紙の内容は、こうだった。


青山春一郎
本日放課後、東かぶき町のステバにて待つ。
決着を着けましょう。
猿飛あやめ


要するにこれは紛れもない果たし状であり、ラブレター的要素はどこにもなかった。手紙の隅っこにはキティ様が鎮座しており、色ペンで文面を囲むことであたかもキティ様の科白のように見せるという可愛らしい演出が施されている。が、彼女のそんな心遣いも空しく、俺の胃は冷たく重たい。決着て何だよ決着て。怖えよ。


屋上での一件以来、猿飛さんとは一度も話していなかった。教室が遠いから顔を合わせることすら殆どない。

そしてこの一ヶ月、月詠先生とも相変わらず何の進展も無い。入試関連で何度か報告や相談には行ったものの、告白したわけでもなければ、先生のことを何か聞きだしたということもない。あるわけがないのだ。こちらからアクションを起さなければ、いつまで経っても俺はただの生徒なのだから。


悩まなかったわけじゃない。が、勉強があるから幾らでも逃避できた。

現状打破したくないわけじゃない。でももう少し待ってほしかったのだ。



気が重たいものの、放課後、俺は指定されたステイバックスコーヒーに向かった。猿飛さんは入り口からやや離れた二人用席でココアを飲んでいた。テーブルに近づくと、彼女は俺を見上げる。

「…やあ僕ミッ○ー(春一郎裏声)」

「全く以て似てないわ」

渾身のボケをバッサリ否定されたところで着席した。それから、少しの無言。ゆっくりと目が合い、猿飛さんが先に口を開いた。

「急に呼び出してごめんね」

彼女は静かに言って、マグをテーブルに置く。

「いや、大丈夫」

「大丈夫じゃないわよ、受験直前なんでしょう」

「………うん、まあ」

控えめに肯定する。何とか第二志望はセンター入試で押さえていたものの、第一志望大学の入試が五日後に迫っていた。

「でも、重要な話なんだろ」

俺が言うと猿飛さんは頷いた。愈々緊張した。

「…私たちさ、一ヶ月くらい前に屋上で話したじゃない」

「うん」

「その時、私キレたじゃない」

「…うん」

煮え切らない態度でいた俺に対し、確かに彼女はキレていた。女子に頭突きかまされたのも胸倉掴まれたのも人生初だった。

何やかんやでそのまま一ヶ月放置してしまったから、まだキレてるかもしれないとも思っていた。だからこそ今日「決着を着けましょう」なのだろう、と。


だが、次に猿飛さんが発した言葉は、

「ごめんなさい」

だった。


「えっ?」

「私、言い過ぎた。春一郎は春一郎のやり方で、頑張ってたのよね」

「……」

ええと、ごめんなさいって何だっけ。

予想外の言葉に混乱する俺を見て、猿飛さんは「変な顔しないでよ」と言う。ええと、変な顔って何だっけ。変なおじさんなら知ってるけど、変な、変、…ええと。

開いていた口を閉じた。漸く彼女の言葉が頭の中にマトモに入って来た。つまり猿飛さんは謝っているのだ。俺に。何やら辛辣なことも言われた気がするが、それはそれとして。とりあえず落ち着こう、俺もコーヒー飲もう。


猿飛さんは言葉を続ける。

「…私は、私のやり方しか知らないから。押して押して押すしか知らないから」

「うん」

「でも、春一郎はツッキーのために、教師目指すんでしょ」

「うん…え、」

目を丸くする。そのこと、猿飛さんに話したっけ?いや月詠先生以外には特に言ってない、筈だ。

「この前、ツッキー先生と色々話すことがあったの」

「そうなんだ」

「最初は教科の質問だったんだけど、段々色んな話になって、…春一郎の話をされた」

「俺の?」

「ええ。ちょっと嬉しそうだったわよ」

頷く彼女に、目を泳がせた。猿飛さんの背後の壁に飾ってある絵の中の緑が優しかった。さりさりした壁の質感が絵と合ってるなあ、と思った。俺の話?月詠先生が。嬉しそうに。

「好きとかそういうことは一切言わなかったけど、先生はあなたのこと真剣に見てるわよ。人として」

「………」

猿飛さんは椅子の横に置いてある鞄を探り始めた。携帯だろうか、と思って見ていると、何やら手の平大の包みが取り出され、テーブルの上に置かれる。金色のリボンがかかっており、何だかプレゼントみたいな形だ。

すると、彼女は包みを俺の元に差し出した。

「だから、自信持って頑張りなさいよ」

しばらくぽかんとしていたけれど、チョコレート。と言われて、久しぶりに、バレンタインが近いことを思い出した。

猿飛さんは微笑んでいた。図らずもまた心臓が変な風に鳴って目を逸らした。

ああやっぱりこの子可愛いよな、と思う。坂田以外にはツンケンしてるし変態だけど、それでも猿飛さんはこういう子なのだ。

「ありがとう」


受け取って何気なく裏面を見てみたら、筆字でおもっくそ「義理」と書いてあった。…うん、まあ別にいいんだけどねそこは。

かくして、キティ様の宣告通りに決着が着けられた。というか、和解が成立した。



そしてもうすぐ2月14日が来る。俺にも猿飛さんにも先生達にも、恐らくは平等に。








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