言葉では表せない思い



栄光を掴む者との戦いの後、数年の時が流れたものの、2人の緋は無事に家族や仲間の元へ帰還を果たした。


アッシュとルークは互いを認め合い、そして互いに、なくてはならない存在となっていた。


そんな2人はまだまだ道具のように扱われているレプリカたちが安心して暮らせる世界を作るために奔走していた。






***

「…なかなかうまくいかないな…。」
「…だが、ここで俺達が諦めたら…レプリカたちは、死ぬまで苦しむことになる。

そうだろう?」
「うん…。

…ごめんな、アッシュ…。
俺…アッシュに頼ってばかりだよな…。」
「気にするな。」
「アッシュ様!!」
「どうした?」


明らかに気落ちした様子を見せるルークの頭を優しく撫でながら慰めるアッシュは白光騎士団から声をかけられた。

どうしたのかと問いかければ、すぐにでも登城してほしいと陛下から言付けを預かってきたと言われた。


「…分かった。
ルーク…、」
「あ!俺のことは気にすんなって!
ちょっと…この辺りを歩いて気を落ち着けてから屋敷に帰りたいし…。」
「…分かった。
俺もすぐに戻る。」
「うん。

じゃあ、また後でな!」




この後、アッシュはルークを1人残したことを後悔することになるのだとまだ知らずにいた…━━━━。










***

「…けて…。」
「…?」


街の中をただアテもなく歩いていたルークは誰かの声が聞こえたような気がして立ち止まった。


その声は人気ない路地裏の奥から聞こえた気がして、ルークは訝しげに眉を寄せながら、その路地裏へと足を進めた。




「Σ…ッ!
なッ!!何やってるんだ!!」


奥へと足を進めたルークは自分の目の前に広がった光景に思わず目を見開いた。


「ごめ……さい、も…許して…。」


ルークの目に映ったのは小さな子供をよってたかって体格のいい大人が取り囲み、暴行を加えている光景だった。

それを見たルークは慌てて子供を自分の背後に隠すように庇いながら慌ててその行為をやめさせた。


「なんだぁ?

兄ちゃん、邪魔すんなよ。」
「ふざけるなッ!!

こんな小さな子供によってたかって何してるんだよ!?」



全く悪びれた様子を見せない男の言葉にルークは怒りに眉を寄せながら、怒号を浴びせた。


しかし、次に発した男の言葉にルークは心臓を鷲掴みされたような気分になった。



「いいんだよ、コイツはレプリカなんだから!」
「…!!
レプリカだって生きてるんだ!」
「…なんだぁ?
兄ちゃん、レプリカを庇うのか?」
「いや、ちょっと待てよ。
コイツ…“ルーク様のレプリカ”だぜ?」
「なるほどな〜…。

同じレプリカなら庇うのも頷けるな。」
「…ッ!!」
「ニセモノの分際で貴族気取ってて、お前にはムカついてたんだよ!」
「…やっちまうか?」
「ガキもろとも、やっちまおうぜ!

どうせ、レプリカは死んだら消えて証拠も何も残らないしな!」



男たちの無情な言葉にルークは恐怖に震えた。
剣も何も持っていないルークが背後にいる小さな子供を庇いながらガタイのいい男たちを1人で相手にするのはどう考えても無理な話だった。



「(…守らなきゃ…!
せめて…この子供だけでも…!)」



ルークは背後でカタカタと震える子供を庇うようにギュッと抱き締めた。



「━━やっちまえ!!」



ルークにはその言葉が死刑宣告のように聞こえた。






***

「ルーク…。」


数時間後、ルークはファブレ邸の自分の部屋のベッドに横たわっていた。

その傍らには、アッシュがそばにいて、ルークの手を握りながら、悲しそうに眉を寄せながら、固く目を閉じたままのルークを見つめていた。



帰りが遅いルークを心配したアッシュはバチカル中を駆け回ってその姿を捜していた。


店という店を回り、道行く人にルークのことを問いかけながらアッシュは必死に朱の姿を捜し続けた。


そして、ようやくルークが路地裏へと入っていくのを見た、という目撃情報を得て、そこに向かったアッシュは信じがたい光景に唖然とした。

何かを守るように蹲るルークに数人の男達が取り囲み、抵抗が出来ないルークに容赦のない暴行を加えているところを見たのだから。


最初は唖然としていたアッシュも徐々に沸き上がってくる怒りにその身を任せ、男達を斬りつけた。


殺すまではしなかったものの、それも優しすぎるルークが絶対にそれを望まないだろうと考えたためだった。




慌ててルークに駆け寄ってみれば、すでにルークに意識はなかった。



「…っ!
ルーク!!おい、ルークッ!!!
しっかりしろ!」
「あ…あぁ…、いや…こわい…こわいよ…。」


慌ててルークを抱き起こせば、そこには小さな子供がいた。


その子供は恐怖に震え、頬は涙に濡れていた。


子供を落ち着かせ、話を聞けば、ルークはレプリカであるその子供を庇って大怪我を負ったのだと言われ、アッシュはルークを1人にしたことを強く悔やんだ。


身体中が腫れ上がり、両親はその姿を目にして思わず目を逸すほどだった。



「ルーク…、目を覚ませ。
…俺1人じゃ、レプリカたちが幸せに暮らせる世界は作れるはずがない。
…そうだろう?」


アッシュはルークの手を握り、ずっと声を掛け続けた。





***

「…ぅ゙…」


夜も明けかけた頃、何の変化もなかったルークが小さな呻き声をあげた。



「…!
ルーク!?
俺がわかるか!?」
「…あしゅ……?」


瞼を震わせ、力なく目を開けたルークはアッシュの顔を見て、掠れた声でその名前を呼んだ。


「おれ…?」
「何も言うな。
…痛み止めだ。飲めるか?」
「おれ……なんで…?」
「子供を庇って大怪我を負ったんだ。」
「…子供…?

Σ…っ!あの子供は!?
無事なのか!?
あ…ぐっ!」
「バカがッ!

ケガを負っているんだ。急に動くな!」
「なあ!あの子供は…?

無事…だよな?」


ケガをしていることを忘れたかのように急に起き上がったルークはすぐに痛みに顔を歪めた。
そんなルークに動くなと叱るアッシュの言葉も無視し、ルークは自分が庇っていた子供のことを問いかけた。


そんなルークにアッシュはため息をついた後、静かに口を開いた。


「あの子供は、無事だ。
レプリカ保護施設にいる。」
「そ…っか…。

良かった…。」
「どうした?」


アッシュの言葉に安堵したルークはそのあと、表情を悲しそうに歪めた。

すぐにルークの変化に気づいたアッシュはルークの手をそっと握り、そう声をかけた。



「…アッシュ…。

レプリカの…存在意義は…蔑まれることでしか得られないのか…?」
「…なに?」
「…殴られながら…、ずっと言われてた。

『レプリカに生きる価値なんてない』
『人の皮を被った人間もどきが対等に扱ってもらえると思うな』
『俺達の道具として生きることがお前らレプリカの存在意義なんだよ』
って…。
ずっと言われてた。

だから…自分がこの世界に存在してていいのか…、俺は…ここにいていいのか…、わからなくなっちまった…。」


表情を曇らせ…ルークは泣きそうな、消えそうな声で呟いた。
それを聞いたアッシュは悔しさに顔を歪めた。

ルークは一体どれだけの時間、暴力を振るわれ、蔑まれていたのだろう?


その間、どんな気持ちでいたのだろう?


肉体的な暴力だけでなく、精神的な暴力を受けながらルークは子供を必死に庇い続けた。


子供が言っていた。



「お兄ちゃんが…、ずっと声をかけてくれてた…。

ずっと震えてる僕に…“大丈夫。俺が絶対に守るから”って…声をかけてくれてたんだ。

だから…お兄ちゃんを…、守ってあげてね…。」



たどたどしい言葉で小さな子供はルークを最後まで心配していた。


暴力に耐えながら子供を励まし続けるなんて、そう出来ることじゃない。

そこまで必死に耐えていたルークがアッシュに自分の悩みを打ち明けたのだ。


下手な言葉は逆にルークを傷つけ、追い詰めることになる。
だからアッシュは適当な励ましの言葉をかけるつもりはなかった。
言葉じゃ表せない、自分の想いをルークに伝えたい、そう考えたアッシュは…、ルークを優しく抱きしめた。





「あっしゅ…?」



突然抱きしめられたルークは目を丸くした。
そんなルークにアッシュは語りかけるように言葉を発した。



「…俺にはお前の…、レプリカたちの苦しみを本当の意味で理解してやることは出来ないのかもしれん。」
「………。」
「ましてや、お前のことを屑だ、劣化レプリカだと罵っていた俺は…一生かかっても解らないままかもしれない。」
「そんなこと…っ!」
「だが…、少しでもお前の想いを理解したいと、そう思っている。

100%は無理でも…、1%でもいい。
お前の痛みや苦しみを理解出来るように…、俺はお前のそばにいたい。

ルーク、お前が自分の場所や存在意義は俺のそばにあると、自然に口に出来るように…。」
「…っ!
アッ…シュ…。」



抱きしめられているルークにはアッシュの表情を見ることは出来なかったが、顔を見なくてもルークはアッシュが真剣に自分と向き合おうとしてくれているのだと、言葉から雰囲気から感じることが出来た。



確かに、アッシュの言う通り、オリジナルにレプリカの痛みや苦しみを全て理解することなど出来ないだろう。


オリジナルとレプリカという関係でなくても、他人の気持ちを全て理解している人なんて、きっとこの世界のどこにもいないだろう。


だが、それでも人が他人と関わりを持とうとするのは、人は歩み寄ることが出来る生き物だから。



それがわかっているからこそ、ルークはアッシュの言葉を聞いて涙を流さずにはいられなかった。



「アッシュ…、俺…アッシュのそばがいいんだ。

アッシュ以外の人じゃ…ダメなんだ…。
でも…本当は…不安だった。不安で不安で…仕方なかった!
俺は…、アッシュのそばにいない方がいいんじゃないかって…。」
「俺にはお前が必要だ。

だからそばにいればいいんだ。」
「うん…。
ありがとう…ありがとう、アッシュ…。」
「分かったら、もう寝ろ。
ケガに障るだろう。」
「うん…。」


優しく頭を撫でるアッシュの温もりに身を委ねるようにルークは静かに眠りについた。



ルークの心の叫びを聞いたアッシュはもっと強くなってルークを守れるような人間になりたいと強く思った。


肉体的に、ではなく、精神的に。
誰かを愛するということは尊くて、いろいろなものを慈しみ、大切にしたいと感じるものなんだとアッシュは知った。



自分の想いはきっと、これから先変わることはないだろう。


それは…アッシュの揺るがない想いなのだから…――。

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