養子レンタル
ルークと共にエフィネアに戻って来て1ヶ月経った。
最初はオールドラントとは違う世界に戸惑いや驚きで落ち着かない様子だったルークも少しずつ慣れてきたようで笑顔の数も増えていった。
痛覚は麻痺したままではあったが、アスベルたちはそれが精神的なものであることを知っていたから焦らずゆっくりルークの心が癒されるのを待つことにした。
「兄さん、久し振りですね。」
「ヒューバート!久し振りだな!
今日は仕事か何かか?」
執務室で仕事をこなしていたアスベルはノックのあと、部屋に入室してきた人物を見上げるなり笑顔を浮かべて迎えた。
「問われるまでもないと思いますが。
ルークに会いに来たに決まってるじゃないですか。」
「やはり、お前もか…。
教官もこの前、ルークに会いに来たし、昨日はリチャードがお忍びでってルークに会いに来たしな。
リチャードも諦めてないみたいなんだ。
『いつでもルークを養子に迎える準備は整っているからね』なんて言われたし、教官もルークに『俺の養子になる気はないか?』とか言ってこっそり勧誘してたらしいし…。」
ははは…、と渇いた笑いを浮かべるアスベルはどこか遠い視線を向けた。
これ以上、養子の話をすればアスベルが現実逃避してしまいそうだったので、ヒューバートは一番気になっていたことを問いかけた。
「ルークの痛覚は戻りました…?」
その問いかけにアスベルは悲しそうに顔を歪めたあと、ため息をつき…口を開いた。
「いや…。
まだ痛覚は麻痺したままだ。」
「その分、ルークの心の傷は深いということですね…。いつか、ルークの痛覚も戻りますよ。」
「そうだな。
ソフィなんてルークと姉弟になれたのが相当嬉しいみたいだ。
いつもルークにべったりひっついて離れないんだ。寝るときも一緒なくらいだ。」
そう言ってアスベルは笑った。
エフィネアに戻るなり、アスベルたちはルークをどこの家の養子にするかで揉めに揉めていた。
誰も一歩も譲ろうとしない中、ソフィが今にも泣きそうに表情を歪め、ルークと離れたくない…と体を震わせて俯いてしまったのだ。
それを見たルークはソフィの手を握り、俺もだと言った。
さすがに本人にそう言われてしまえばヒューバートたちはもう口論することも出来なくなった。
「…そういえば、シェリアはどうしたんです?
ラントにはいないんですか?」
「いや、家に帰ってきてたんだが…」
「…何か問題でもあるんですか?」
「養子レンタルをしたいとか意味の分からないことを言い出して…ルークとソフィをさらっていったよ…。
1週間は帰さないから!なんて言ってたから…もしかしたらそれ以上かかるかもな…。」
「ラント内にいるなら会いに行けばいいじゃないですか。」
ははは…と渇いた笑いを浮かべるアスベルにヒューバートは呆れた様子でそう返した。
ヒューバートのその言葉にアスベルは苦笑しつつも首を左右に振り、口を開いた。
「今、シェリアたちはラントにいないんだ。」
「いない?」
「シェリアとあと、パスカルも一緒なんだが、世界中とまではいかないけど、ルークにいろんな世界を見せてあげたいからって旅に出てるんだ。」
「兄さんは一緒に行かなかったんですか?」
「いつもルークとソフィを一人占めしてるんだから、しばらくは仕事の虫にでもなってて!なんて言われたよ。
パスカルなんてルークと旅が出来ることが嬉しいのか、トロピカルヤッホー♪とか言ってルークまで巻き込んでくるくる回ってたくらいだからな…。」
そう言って笑ったアスベルはとても優しい顔つきをしていて、ヒューバートも思わず笑った。
「ですが、ルークがいないというのは…タイミングが悪すぎましたね…。
パスカルさんと連絡をとって、僕も合流した方がよさそうですね…。」
「はッ!?
ヒューバート!お前も仕事があるだろう!
休みだってそう易々と取れるような立場じゃないはずだ!」
「何を言ってるんですか、兄さん。
そんなもの、ぶんどっ…ゴホン。
僕は優秀なので問題はありませんよ。」
「(今…、ぶんどったって言いそうになって途中で止めたよな…?)」
ヒューバートらしからぬ失態にアスベルは弟の名誉のために聞かなかったことにすることにした。
「ヒューバートが会いに来てくれたら、ルークもきっと喜ぶと思う。」
「何を言うかと思えば…。兄さん。
きっと、ではなく絶対の間違いです。」
「あはは…。」
眼鏡のブリッジをあげながらのヒューバートの言葉にアスベルは渇いた笑いを浮かべた。
最近、渇いた笑いを浮かべることが増えたような気がするがきっと気のせいではないのだろう。
「ヒューバート。
もし余裕が本当にあるなら、ルークに会ってやってくれ。
痛覚が麻痺したままでは、危険すぎる。
少しでもルークの心が癒され、笑って過ごせるようになるためには、俺たちが支えていかなければならない。」
「もちろん、分かっています。」
悲しそうに目を伏せるアスベルを見つめながらヒューバートは、静かに頷いた。
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