基本じゃない日


「……なんなんだ、これは…。
全然基本じゃない…。」



トレーナーとして、もっと高みを目指すために旅を続けるシューティーは現実逃避したくなるような状況に、呆然と立ち尽くしていた。



「ちゅーてー!」



…シューティーの目の前にいるのは、人懐っこい笑顔を浮かべる子供。
見知らぬ子供なら素通りするところだが、目の前にいるのは見知っている…はずの子供だ。



「…サトシに弟でもいたのか?
いや、それ以前に…ピカチュウのつけ耳なんて付けて…。
まさかサトシにこんな趣味があったなんて…。」



「弟につけ耳をつける趣味のある奴をライバルにしてたのか、僕は…」と呟くシューティー。



「ちゅーてー!あくしゅっ!」
「あ?ああ。」



にぱっと笑いながら握手を求めてきたサトシの弟(仮)に、シューティーは深く考えずに握手に応じた。
だが、すぐにその選択を後悔することになる。



「ぎいああああーーーっ!!」



握手をした瞬間に電撃をくらったシューティーは悲鳴をあげた。

プスプスと、焦げた音と煙をたてながらシューティーは「サトシの弟なだけあって…全然基本じゃない…。最近の子供は電撃が使えるのか…。」と有り得ない発言をした。



「あーっ!いた!サトシ!!
こんなところにいたのね!
シゲルー!シンジー!Nさーん!
サトシ、見つかったわよー!!」



痺れて動けないシューティーには気付かず、サトシを見つけたと声をあげる少女をシューティーが見れば、ジュニアカップで会ったトレーナーの女の子だった。

確か、名前はヒカリと言ったか。



「サトシ!良かった!!
あまり心配させないでくれ。」
「…お前が目を離すからだろう。
フン、使えないな。」
「まあまあ。
見つかったんだから良かったじゃないか。」



次いで現れたのは3人の男たち。
子供を見て、安堵しているようだ。



「(……?
ちょっと、待て。…今、この子供を“サトシ”と呼ばなかったか?
カントーでは同じ名前を子供につけ続ける習慣でもあるのか…?いやいやいや!
そんなこと、あるわけない。
いくら田舎でもそんな基本じゃないことするはずが…。)」

「さ、サトシ!
戻るわよ?」
「また握手を求めて電撃をくらわせたりしなかっただろうな?」
「握手の後に電撃はダメだよ?サトシ。」
「はーい!」
「本当にサトシくんは元気一杯なんだね。」
「うんっ!」



シンジとシゲルに手を繋がれ、サトシは嬉しそうに笑いながら、そのまま歩いていく。
それを見たシューティーは、がばりと起き上がった。



「待て待て待て待て待てーっ!!
そんな清々しいスルーなんて、おかしいだろ!!どんだけ基本じゃない奴等なんだ!!」



放置されたシューティーは、人目も憚らず声を張り上げた。
声をあげられ、シゲルたちは今、その存在に気付いたかのように驚いた表情を浮かべていた。



「その子供の隣で黒焦げになって倒れてるのに大丈夫かと声をかけることもしないのか!君達は!?
全く基本がなってないよ!!」



黒焦げになりながらも抗議するシューティー。
気遣いの言葉もないことに腹をたてるシューティーの言葉だったが、シンジは不機嫌そうに眉を寄せながら言葉を発した。



「なんだ、この見るからに使えなさそうな奴は?」
「えっと、いつからそこに?」
「えっと…。
ごめん、私もわからないわ。」
「僕も気付かなかったよ…。」
「初対面で使えなさそうな奴とか言うな!
いつから?最初からいたさ!
気付かないってどんだけ鈍いんだ、君達は!?」



本気で気が付いてなかった様子の4人にシューティーは信じられないものを見るような目で見つめながら声を荒げた。

興奮しっぱなしのシューティー。
それをじーっと見つめていたサトシはシンジとシゲルの手から離れ、とてとてと近付いた。



「ちゅーてー!
おこってばっかだと、カラカラとガラガラがきて“ほねこんぼう”で、ボッコボコのリンチにされちゃうんだって!
だから、おこってばっかだと…あぶないよー?」



また電撃をくらわせる気かと身構えたシューティー。
しかし予想とは違い、ここに来て初めての気遣いの言葉が出た。
しかし、子供が言葉にするにはあまりにおかしい危ない単語が入っていて、シューティーは目を瞬かせた。



「…君、子供の割にずいぶんと物騒な単語を使うんだね。
…誰だ?そんな基本じゃないことを教えたのは?」
「おれのママ!!
おこってると、カラカラとガラガラがくるわよー?っていつもいってたよ!」



サトシの言葉にシゲルは苦笑した。
サトシのママは、どうも他とは違う子育てをしていたらしい。



「…待て。
そういえば、君たち…。
この子供のことをサトシと呼んでいたけど…あのサトシの弟じゃないのか?」
「ええっ!?今更、それを聞くの!?」
「やはり、使えないな。」
「サトシくんが2人?
冗談だろう?こんなに可愛い子は2人といないよ。」
「えっと、サトシが小さくなっちゃったの。
あ!そのピカチュウの耳は本物よ?」
「…………………はっ?」



シューティーの問いかけに答えた4人の言葉にシューティーはフリーズした。

この子供がサトシ?
あれ?こんな子供だったっけ?
いや、それ以前に電撃って使えたっけ?
つけ耳じゃなくて本物?

…マジか。


シューティーの思考はそんな言葉のみで埋め尽くされた。



「…シンジとシゲルと、サトシに会いにイッシュに来たら、デントとアイリスはサトチュウの電撃をくらって気絶したまま動かないからポケモンセンターに預けて、私たちはサトチュウと遊びに来たの。」
「デントくんは、『こんなプリティーなテイストは初めてだ!』って言ってサトシくんのことを激しく抱擁しすぎて、びっくりしたサトシくん…サトチュウくんの電撃をくらったんだ。」
「アイリスとか言う女はそのとばっちりを受けただけみたいだがな。」
「デントが骨が軋まんばかりにサトチュウのことを抱き締めてたしね。」



そう、口々に言いながら和む4人。

いやいやいやいや。
ちょっと待て。

いつのまにかサトチュウで定着してるし、気絶した人間放って遊びに来たんかい!
和んでる場合か!?とシューティーは心中でツッコミを入れた。



「しげゆ!ちんじ!ひかりっ!えにゅちゃ!ちゅーてー!
あそぼー?」
「なにして遊ぼうか?
僕のトモダチ。」
「バトルごっこ!
おれが、ポケモンとバトルするの!
バトルしようよー!」
「えっ?
あ、いや…でも…。
僕は今、サトチュウくんのことを“トモダチ”と言ったけど…バトルはちょっと…。」
「つ、使えないな。」
「シンジ。
動揺が隠しきれてないよ。」
「…まあ、サトチュウの爆弾発言は何回聞いても慣れるものじゃないものね…。」
「きょうはね!しげゆのカメックスとバトルごっこ!」
「ええっ!?」



言ったそばから爆弾を投下するサトシに今度はシゲルが動揺した。



「おれ、たたかえるよ?」
「あ、いや…戦えるとか戦えないとかじゃなくて…。
もし、サトチュウに怪我でも負わせようものならママさんの長時間正座お説教タイムが待っているから遠慮しておくよ…。」
「むう…。
あっ!じゃあ、ちゅーてー!
バトルごっこしようよー!」
「は?僕にごっこ遊びをしろと言うのか?
冗談だろう?」
「あの、シューティー?
この場合、“ごっこ遊び”じゃないのよ。
本当にポケモン同士のバトルをする気なのよ。
サトチュウがバトルするのよ?
サトチュウが指示するわけじゃないからね?」
「なっ!?は?
いくらピカチュウの耳がついてたって、人間だろう?
人間とポケモンがバトルするなんて、どう考えてもおかしいだろう!」
「ちゅーてー!はやく、ポケモンだしてー!」
「……いや、僕は…、」
「バトルごっこ…、してくれないの…?」



今にも泣きそうな表情を浮かべて見上げてくるサトシ…もとい、サトチュウの視線にシューティーはうっ、と声をつまらせた。

逆らえる気が全くしないのは何故だろう?
いや、ここでバトルごっこをしようものなら、絶対に怪我をすることになる。
…そうなると、サトチュウの母親から長時間正座お説教タイムも待っていることになるわけで…。

どうしよう?どうしたらいいんだ?
こんな基本なんてどこにあるんだ?と聞きたくなるような状況で僕にどうしろと言うんだ?

ぐるぐるとそんな思考が巡るシューティー。
助けを求めようと4人に視線を向けてみれば、サトチュウの関心がシューティーの方に向いたと知って、完全に見守り傍観態勢だ。

シューティーはサトチュウの爆弾発言の対処を押し付けられたことにようやく気付いた。

…どうしよう?

必死に思考を巡らせ、方法を考えたシューティーは…。



「………………。」
「あっ!ちゅーてー!」
「逃げた!」
「野生のシューティーは逃げ出した。」
「シンジ…?なに言って…。」
「野生のポケモンが逃げた時はこんなカンジだろう?」
「サトチュウくんが、シューティーくんを追いかけて行ってしまったよ!?」
「お、追いかけましょう!!」



無言で踵を返し、逃げるように走り去ったシューティー。
それをサトチュウは追いかけ、シゲルたちも慌ててそのあとを追いかけた。


これは、イッシュ地方で起こった不思議な不思議なお話…。

このあと、どうなったかは…また別のお話…。

End


※※※

シューティーくん、哀れの巻です。

基本って言葉ばっかでしたね…。

久々にサトチュウを書いてめちゃくちゃ楽しかったです♪

書き始めたら止まらなくなってました。
そのくらい書いてて楽しかった♪

こんなんで、よろしければどうぞお受け取りください。
咲桜様、お待たせしました!リクエストありがとうございました♪

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