to be with you
ル・ロンドで依頼を受けた時、家に帰った僕に父さんは時計を渡してきた。
僕が生まれた時、父さんと母さんが気付いた時には僕の手に握られていたものだと、そう言って。
だけど、その時計を見た僕は驚きを隠しきれなかった。
だってそれは、ルドガーやユリウスさんが持っている時計と同じものだったから。
違うのは色だけだった。
そしてそれから少しして、僕はアルクノアに狙われるようになった。
幾度も狙われ、みんなは源霊匣の研究を止めさせるためだと思っていたみたいだけど、僕はそれが理由じゃないことは分かっていた。
それはクルスニク一族の力を持っていることと、僕がリーゼ・マクシア人とエレンピオス人のハーフであることがアルクノアに知られたからだと、確信に近いものを感じていた。
だけど、僕はそれを誰にも伝えずに分史世界を破壊しながら、道標を探すルドガーに協力し続けた。
だって、時計を持っていても僕は何の力も感じとることは出来なかったから。
だから、僕にクルスニク一族の力があるかもしれないことを僕以外の誰も知らないはずだった。
━━━…あの時までは。
***
正史ミラが正史世界に戻ってこれないのは分史ミラが存在しているからだと知ってすぐ、アルクノアがマルシア首相の乗る旅船ペリューンを襲っていることを知ったジュードたちはそれを止めるためにペリューンに乗り込んだ。
乗り込んですぐ、アルクノア兵と戦闘になり、ミラがアルクノアに倒されそうになった。
ルドガーが助けたために大事には至らなかったが、心ここにあらずといった様子のミラにアルヴィンがミラに向かって口を開いた。
「油断すんなって、死んじまうぜ?」
「…その方が良かったんじゃないの?」
どこか自棄になっているミラはそんな言葉を返した。
それを聞いたジュードは怒りに拳を震わせた。
「そんなわけないでしょ!!
ミラさん自身はそう思ってるんですか?」
「………。
首相たちは?」
普段は声を荒げることのないジュードが怒りの声をあげたことに、驚くミラ。
しかし、すぐにジュードから視線をそらし、ペリューンに乗り込む時に手引きしてくれた人のいいアルクノア…マルコに首相のことを問いかけた。
そして、そんなミラをジュードは怒りのままにジッと見つめながら、ポケットにしまっている時計にそっと、手を伸ばした。
「ミラさん。」
「…ジュード…。
…中途半端な同情ならいらないわ。
本当はあなただって、ミラ・マクスウェルの方がいいんでしょ?」
「…どうしてミラと比べるんですか?
ミラとミラさんは別人なのに、どうしてミラの方がいいとか、ミラさんの方が悪いとかそんな風に分けるんですか?
ミラも、ミラさんも僕にとって大切な…かけがえのない仲間なのに…どうして、諦めるんですか?」
「だったらどうしろって言うのよ!!
同じ世界に“ミラ”は2人も存在できないのよ!この世界の偽者は間違いなく私じゃない!」
「ミラもミラさんもどっちも、本物じゃないか!!
ミラさんは偽者なんかじゃない!!」
「…そういう中途半端な同情が一番…辛いのよ…。
…だいたい、これはアルクノアが引き起こした襲撃なのよ。
今までだって何度も狙われてるんだから、他人のことより自分のことを考えなさいよ。」
「……。
終わらせない…。
絶対に…終わらせたりしない…!」
まるで現実から目を背けるように、先に歩いていってしまったミラの背中を見つめながら、ジュードはそう呟いた。
マルシア首相のいるホールに向けて突き進むルドガーたち。
だが、そこにジュードがいると知ったアルクノアは、執拗にジュードばかりを狙ってきた。
「ジュード・マティスを渡せ!」
「誰が渡すか!どけ!!」
フォローを入れながらルドガーたちは、アルクノアからジュードを守りながら戦っていた。
「ジュード!
気を抜くな!!ここにはアルクノアがいるんだ!
気を抜いたら捕まるぞ!!」
「…っ、わかってる!!」
しかしジュードは時折、ミラを気にしていてアルヴィンはジュードに忠告した。
確かにミラは今、様々な気持ちが渦巻いていて、お人好しのジュードが気にしないわけがない。
だが、これはアルクノアが企てたテロ。
襲ってくるのは全てがアルクノアだ。
気を抜けば、マルシア首相を救い出すことも困難となってしまう。
アルヴィンから忠告を受けたジュードは戦闘に集中することにした。
そして、襲いかかってくるアルクノアたちを退け、マルシア首相のいるホールにたどりつき、その扉を開けたルドガー。
ホールの中に入ると、近付いてはいけない!と声をあげるマルシア首相と、彼女を拘束するリドウがそこにいた。
「リドウさん…、なんであなたが…?」
アルクノアの手引きしたテロにリドウがいることを訝しむジュード。
どう考えてもアルクノアと繋がっているとしか思えないその状況に警戒心を露にする中、リドウは不吉な笑みを浮かべながら、口を開いた。
「マクスウェルの召喚を手伝ってやろうっていうのに、そんな顔をするなよ。」
「マクスウェルの召喚…?」
言うなり、襲いかかってきたリドウと戦うルドガーたち。
そんな中でもリドウは攻撃をかわしながら言葉を続けた。
「我が社には、その術式があるんだよ。」
「ハッタリにしちゃ、三流だな!」
「クランスピア社がマクスウェルを最初に召喚した人間、クルスニクが興した組織でも?
条件はやかましいんだが、まず必要なのは…生体回路━━」
「「…っ、しまった!!」」
リドウに捕われ、壁に叩きつけられたジュードとアルヴィン。
更にリドウはミラを見ながらニヤリと笑った。
「で、隠し味は…生け贄だ。」
「きゃあっ!!」
「ミラ!!」
ホールの中央に大きく空いた穴に吸い込まれそうになったミラを助けるためにルドガーが、とっさにミラの手を掴んだ。
「リドウーっ!!」
ギリッと歯を食い縛りながらリドウを睨み付けるジュード。
「素直になれよ、ジュード・マティス。
会いたいだろ?愛しのマクスウェル様に。」
「会いたいよ!そんなの当たり前のことだ…!
だけど!ミラさんを犠牲になんて…絶対にさせるもんか!!
……………。
僕に…、もし力があるなら!お願い!ミラさんを助けたいんだ!!」
そう言いながら、ジュードはポケットの中にある時計へ意識を集中させた。
すると、今まで何も感じとることの出来なかった時計から感じたことのない力を感じ取ることが出来た。
今まで、ずっと誰にも何も話さなかったのは、自分の中にある確信に似た推測が現実のものとなってしまうことを恐れたからだった。
だけど今、ここで躊躇う理由なんてない。
ミラを正史世界に戻すために、きっとミラさんは、自分から消滅することを選ぶと思うから。
そっけない態度の中にある優しさを、ジュードは知っているから。
だから、助けたい。
ただ、その想いだけがジュードを突き動かしていた。
そして、ジュードが己の中に隠された力と向き合う決意を固めたのと同時にミラは自らルドガーの手を振り払い、ルドガーにあとを託し、奈落の底へと落ちていった。
「…ミラさん!!」
その光景を見たジュードはポケットに手を突っ込み、ミラの後を追いかけ、何の迷いもなく飛び込んだ。
「ジュード!!」
「ミラー!」
アルヴィンとエルが声をあげるも、2人の姿はそのまま、消えていった。
***
「(…これで、良かったのよね…?
ああ、でも…ジュードに謝っておけば良かった…。)」
暗い暗い闇の中に少しずつ沈んでいく意識の中でミラはそう思った。
ジュードはミラが消えることを選ぼうとしたことを、偽者だと口走った自分を本気で怒ってくれた。
それは同情などではないことを、言葉や表情で分かっていたのに。
自分が消滅することを選ぼうとしていることを心の底から悲しみ、怒ってくれたのに。
「ミラさん。」
「………。」
「ミラさんも、僕の大切な仲間だ。
だから絶対に助けるよ。」
薄れゆく意識の中でミラはジュードの声を聞いた。
聞こえるはずのない声が聞こえて、ミラは思わず苦笑した。
ああ、私はやっぱりあの仲間たちのそばにいたかったんだと消滅を前にようやく気が付いた。
こんなにも、大切で離れたくない、そんな仲間たちだったのだ。
「もう1人の私。いつまで眠っている?
戻るぞ。」
「ミラさん、戻ろう。」
「…………えっ?」
夢だと思っていた。
しかし、確かにその声は鼓膜を震わせた。
しっかり、耳に届いた。
それはジュードと、そして自分そっくりな声。
驚いて目を開けると、そこには自分と同じ顔…ミラ・マクスウェルと、ジュードがいた。
「ジュード…、あなた、どうして…。
それに、その姿…!!」
ジュードが飛び込んだことに驚いたミラ。
しかし、ジュードの姿はいつもとは異なっていて驚きを隠しきれなかった。
クルスニク一族の骸殻能力を発動した時の姿だったからだ。
「本当に力が使えるかも分からなかったけど…力を発動したから分かる。
僕の力なら、ミラと一緒にミラさんも戻れる。
だから、ミラさん。
僕の手をとって。」
「ジュード…。」
「もう、二度と自分のことを偽者だなんて呼ばないで。
ミラとミラさんは全然違う…、別人なんだから。
それは、本物だとか偽者だとか分けてるんじゃない。
ミラもミラさんもどっちも本物だよ。
偽者なんかじゃない。
2人とも僕の大切な人なんだから。」
「ジュード…。
ごめんなさい、…ありがとう。」
ジュードの言葉にミラは瞳を潤ませながらも、ジュードの手を取った。
***
「やだ…っ!ミラ…!エルにスープ…作ってよ…!
エル、またミラのスープが、飲みたいよ…!!」
「リドウ…!テメェ!!」
「心配するなよ。
…予定通りだ。」
「何が予定通りなんだ!!」
怒り心頭のアルヴィンとルドガー。
エルはミラの剣を抱えながら泣きじゃくっている。
そんな時だった。
ズンッという大きな衝撃のあと、眩い光がホールの中心で輝いた。
そこからミラが現れた。
それは、分史世界のミラではない、正史世界のミラであることを誰もが一目見て理解した。
そしてミラはエルが、抱えている剣へ視線を向けた。
「その剣を私に預けてくれないか。」
「………。」
エルは自分の知るミラではないことにショックを受けながらも、無言でミラに剣を差し出した。
「ありがとう。
それと、安心しろ。
もう1人の私ならじきに戻る。」
「………えっ?」
正史世界のミラの言葉にエルは大きく目を見開いた。
しかし正史ミラは、すでにエルから視線をはずし、リドウに剣先を向けていた。
「それ相応の礼はさせてもらおう。」
「ようやく来たか、ミラ・マクスウェル。
…ジュード・マティスはどうした?」
「僕ならここにいる!!」
精霊の主を前にしても全く動じる様子のないリドウ。
そんなリドウの言葉に応えるように再び、ホールの中心が眩い光を放ち始めた。
ルドガー、エル、アルヴィンが呆然とする中、ジュードは分史ミラと手を繋ぎながら現れた。
しかし、ジュードは骸殻能力を発動した状態だったため、誰もが大きく目を見開いてジュードを見つめていた。
「ジュード…?
その姿は一体…?」
「僕も…クルスニク一族の血を引いていたみたいなんだ。
それでも骸殻能力があるなんて本気で思ってなかったんだ。
時計はあっても何の力も感じなかったから…。
だから、みんなにも言ってなかったんだ。
ごめんね。」
「だが、同じ人間は2人も存在出来ないんじゃ…?」
「その常識さえも覆せる力を持つのが、クルスニクの鍵たる、お前の力だ。
今までのクルスニク一族の中でも特に強い力をもつ、その力が覚醒するのを待っていたぜ!」
「なっ!?あ…っ、ぐ…っ!!」
「ジュード…!!」
戸惑いながら笑うジュードの間合いを一気につめたリドウは、ジュードの鳩尾に拳を沈めた。
ジュードは大きく目を見開いたあと、くたりと倒れ…気絶した。
すぐに分史ミラが蹴りをくわえるも、リドウは意識を失ったジュードの体を抱えながら器用に避け、すぐに間合いをとった。
「ジュードを、かえしてっ!!」
「断る。」
「アルクノアといい、リドウ…アンタといい、どうしてジュードを狙うの!?」
「クルスニク一族の力を使えるのをこの目でしっかり拝ませてもらった以上、この力を有効に使うべきだとは思わないか?
その話をアルクノアの連中にしてやったら、予想通りの動きをしてくれたよ。」
「骸殻能力のことですか?
それだったら、ルドガーだって使えますっ!
ジュードだけを狙う理由がどこにあるんですか!?」
「ただの骸殻能力じゃない。
霊力野をもったクルスニクの鍵は…ジュード・マティスだけだ。
この力は常識さえも覆す恐ろしい力をもってるんだ。
アルクノアにどれだけ襲われてもなかなか覚醒してくれないから、イライラしてたところだったんだが、うまく覚醒してくれて良かったよ。
この力は俺がしっかり管理してやるから安心しろ。」
「ふざけんなーっ!!
ジュードくんをお前なんかに管理なんかさせてたまるかーっ!!」
「ジュードを返して!!」
「もう1人の私。
共に戦おう。」
「…ジュードを取り戻すためだもの。
…当たり前よ。」
「おっと、盛り上がってるところ悪いんだが、目的を達成した以上、長居をするつもりも、相手をするつもりはない。
こいつらの相手でもしてたらいい。」
リドウの言葉と共に部屋に雪崩れ込むように入り込んできたのは、アルクノア兵だった。
何十人ものアルクノア兵が現れ、問答無用とばかりにミラたちに襲いかかってきた。
攻撃されては無視することも出来ず、ミラたちはアルクノア兵たちの相手におわれた。
そして…、ジュードを捕えたまま、リドウはその場から姿を消したのだった…。
End
※※※
アルクノアに狙われるジュード(クルスニクの鍵設定)というリクエストだったんですが…、あまりアルクノアに狙われる設定が活かされてない…orz
アルクノアがジュードくんを狙っていたのはリドウがアルクノアに情報を流していたからです。
アルクノアに狙わせて、ジュードの覚醒を促そうとしていたのですが、無印時代に戦いながら旅をしていたジュードくんにアルクノア(のような雑魚)が敵うはずもなく…リドウは分史ミラ消滅云々の話を聞いて、それを利用することを選んだ…というながったらしい設定があったりします。
その辺か、今回の話のどちらかを書こうか迷ったんですが、前者だとジュードくんたちがほとんど出ないので、それならこっちで!!とミラ消滅話捏造の方を選んだわけでございます。
このあとは、ルドガーたちがジュード救出に間に合えば、ジュードの力でユリウスさんの命を犠牲にしなくてもカナンの地にいけるけど、間に合わなかったらユリウスさん犠牲ルートになるというかんじ。
氷瀏様、このような駄文でよろしければお受け取りください!!
…無駄に長くなってしまってすいませんです!!
リクエスト、ありがとうございました!
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