いつか花開く未来

気を引き締めてかからなければならない。
アルヴィンは銃に弾を籠め、大剣を地面に突き立て前方を睨む。

視線の先に、対峙している相手は居た。
隙の無い歩き方から、強者足りえる事が窺える。

すらり、と対峙した男が剣を引き抜く。
ひゅん、と刃を身体の周りで回し、構えを取る。

独特のこの構えは、さる流派のもので、早さに長けた剣術だ。

アルヴィンがパワーならあちらはスピード特化型。
手数の多さと素早い身のこなしを一体化させた、シグムント流を継承しただけの事はある。

男…ガイは鋭い目で言った。


「…どうしても、退く気はないんだな?」


その言葉に、アルヴィンはキッと瞳を剣幕にさせ首を振って答えた。


「当たり前だ!!ここは、通さない!何に変えても…!!」


アルヴィンにとって、守るべき者が出来た。 護衛獣という存在で、本来的にはアルヴィンはその存在に守られてしかるべきだ。

だが、アルヴィンは自身の護衛獣を守りたい。 人間味あふれ、優しい心の持ち主である機械人形の少年を。

彼の心にアルヴィンは癒された。
今となっては掛け替えのない存在になった。

失うなど、傷つけられるなど、あってはならないし、許さない。

アルヴィンの不屈の意思を感じ、ガイは残念そうに首を俄かに振る。
それから、すっと腰を落として言う。


「残念だ…だが、通して貰うぜ。」
「させっかよ…!」


ガイが踏み出す。
一気に距離を詰め、刀を振り下ろす。
対するアルヴィンは片手で繰る剣で押さえ、銃口をガイに向ける。

つばぜり合う刃の向こう、両者は譲る事無く大声で宣誓した。


「通して貰うぜ、アルヴィン!!
俺は…俺は、ロレイラルへの愛の為、ジュードのメンテナンスに同席したいんだ!!」
「まかり間違ってもさせるか!!
おたくの事だ、それだけに留まらず解体すんだろ!!
絶対、許さねぇ!!それだけは断固阻止だっつーの!!」


そんな、ものすごく何だかなぁ、な言葉を。

銃声と剣戟が扉一枚向こうで響いているが、よもや気にする事は無かった。
正直、慣れた。ルークは早くも諦め、スルーで作業を続けていた。

助手役であるアッシュも同じようなものだが、盛大な呆れを含んだ目を扉に向けるのは禁じえない。
眉を跳ねあげつつ、アッシュは一言。


「毎度毎度、飽きんな。あの馬鹿共め…。」


騒々しい、と米神を揉みつつ悪態をつく。

いい加減毎度の事なので慣れた物ではあるが、この騒々しさはどうにかして欲しい。
煩いったら無い。苛立ちだってつのると言うもの。

そんなアッシュの姿にルークは苦笑いだ。
気にしなければ良いのだろうが、根が真面目でつい分細かい所が気になる兄は、この喧騒を無視できないらしい。

無視して良い事柄だけど、持ち前の気質と煩さが相まって、つい気にしてしまう。
召喚された当初は、考えもしなかった一面だ。

作業の手を止め、ルークは一息つきつつお茶を誘った。


「後は最終自動チェックで大丈夫。ちょっと、お茶にしようぜ。」
「そうだな。何が飲みたい?」
「う〜ん…喉乾いたし、冷たいのが良いかな。茶葉はお任せするよ。」
「そうか、わかった。」


添えつけてあるテーブルの上でアッシュはお茶の準備に取り掛かった。
ちなみに、慣れた手つきだ。

調整槽の中でスリープモードのジュードを眺めつつ、ふとルークは昔を思い出す。
それは、ロレイラルに居た昔だ。

こうして機械人形のメンテナンスを行う事はまちまちあった。
だが、こんな環境では無かった。

部屋の広さ構造、材質の一切が違うが、圧倒的な差は緑の存在だ。
ロレイラルにも緑は有った。
ただし、シェルター内にのみ。

ロレイラルは環境汚染が酷く、とてもじゃないが屋外で緑は育たない。
その為、機械人形たちは汚染浄化の他に、シェルター内での緑の育成に従事する。

それは、偏に融機人の為であった。
融機人がいつの日か地上で暮らせる為にという目的と、シェルター内で暮らす地下生活への慰め。

機械人形たちが世話をした温室育ちの緑達。それが、ルークの知る緑。
この世界に来て一番違うと感じた物。

それが、自然である。
自然の芽吹く世界のなんと美しい事か。

知らず視線を外に向け居ていたルークに、準備を終えたアッシュが顔を覗かせる。


「どうした?やはり煩いか…。」


微妙に不穏な空気を纏っていた為、慌てて首を振ってルークは否定した。


「違う、違うって。
まあ、ちょっと賑やか過ぎだけど、そこじゃないから。」
「なんだ、違うのか。じゃあ、どうしたんだ?疲れたか?」
「ううん。ただ、ロレイラルでもこういう事やってたなって、思い出してたんだ。」


そう素直に告げると、アッシュは興味深そうな顔をした。


「ロレイラルか…。
どんな暮らしをしてたんだ?」
「珍しいな、兄上が俺の昔の暮らしを聞くなんて。」


一昔前、アッシュはどちらかと言うとルークの口から、ルークの故郷の事が出る事を嫌がっている節があった。
それは単純に「お前の家はここなんだから、ロレイラルに還るな。」というアレコレが起因するのだが、まあ、それはさて置き。

今は嫌がるような子供っぽさは大分なりを潜めたが、かと言って尋ねてくる事もあまり無かった。
珍しい、とルークが思うのは当然である。

アッシュはバツが悪そうに視線を逸らしたが、少し頬を染めて言った。


「弟の故郷の事だ。知りたいと思うのは、当然だろ?」
「………。ふふ、そっか。」


ちょっと驚いたが、嬉しい驚きなのでルークは微笑む。
それから、昔話…と言うには、思い出が足らないかもしれないが、話し始める。


「そうだな…。勉学して、研究と実験の日々だったよ。」
「研究か…ロレイラルではどんな研究をしてたんだ?」


リィン・バウムでもルークは研究を執り行う事が多い。
ロレイラルで得た知識を生かし、人々の生活に貢献している。

あまり知られていないが、トリグラフで行っている通信開発はルークが原案なのだ。
もっともまだまだ人間の技術が追いつかず、発展中の分野だが。

ロレイラルではどんな、と純粋にアッシュは興味が湧いた。


「うん、環境汚染とその浄化について。
ロレイラルの環境は、生物に余りに厳しいから。
機械人形たちが持って帰ったデータやサンプルを元にどうするのかって検証したりするんだ。」
「ああ…。」


ロレイラルの環境の厳しさ、即ち環境汚染の深刻さは何度も聞いた。
その厳しさゆえに融機人は外へは出られず、地下に造られたシェルターで過ごすのだ。

外に出られない理由はまだある。
回路のイカレた戦闘兵器が闊歩している為、あまりに危険だからだ。
無差別攻撃を繰り返す兵器は、時に地下シェルターに害を齎す程。
掃討にあたるは、全て機械人形だとも聞いた。

そんな過酷な場所で、ルークは幼少を過ごしたのだろうか。
思わず眉を寄せるアッシュに、察したルークが首を振った。


「俺はそんなに大変な事は無かったよ。
俺の居た区域は地下深かったし、兵器が来た事は無いし。
世話の殆ども機械人形がやってくれるから、不自由はなかったよ。」
「そうなのか…?」
「そうだよ。」


窺ってくるアッシュにルークは笑って見せた。
そう、不自由は何も無かった。

変わりに、自由も無かった。
数多の規律と管理の上で、あのシェルターの安全は保障されていたのだから。


「…管理?」
「そう、機械に管理されてるんだ。
コールドスリープとかさ、全部。
だから、会いたい人に会いたい時って訳には行かなかったな。」


そうして、ルークは姉と永遠の別れになったのだ。
それは確かに寂しいけれど、仕方のない事でもある。

それが、あの世界の…ルークの世界の決まりだったのだから。
ロレイラルでの当たり前だったのだから。

狭い世界での自分。
管理されなければ、世話して貰わなければ生きていけない自分。
ふと、自嘲がこぼれる。


「ここに来て、本当の自然を…緑を見た時。」
「…ああ。」
「ロレイラルで育てられていた緑が…なんだか、 俺に思えたんだ。」


温室でなきゃ生きていけない、軟弱な緑。
外を知らず、機械人形の手で与えられた世界だけで生きていく事の出来る植物たち。

狭い世界で無ければ、生きられないそれらと自分が妙に重なって見えた。
リィン・バウムという広い世界に来て、ルークは自分の世界がどんなに狭いのか思い知った。
シェルターの中だけの、狭い完結された世界だったと。

アッシュの眉が寄せられる。我が事のように痛々しいと思ってくれている。
それは嬉しいが、そんな顔して欲しい訳じゃない。

ルークはふっと苦笑いを浮かべる。


「だからさ。ここに来られて良かったって思うんだ。」
「………!」
「俺は今、本物の光と風を浴びて生きてる。肥沃な土壌、豊かな水、日の光と風と…それがあって、はじめて植物は花開くんだろ?」


ああ、と頷くアッシュにルークは言った。


「俺もここで…花を咲かせられたら良いって思う。
兄上の喚んでくれたこの世界で。」
「…ルーク。」
「兄上が喚んでくれたから、俺の世界はこんなに広がった。」


だから。


「ありがとう、兄上。俺をここに喚んでくれて。
世界を広げてくれて。」
「…俺の方こそ、ありがとう。俺の所に来てくれて。」


アッシュはそう言って、弟の明るい朱毛を撫でた。

ここに来た当初、ルークは戸惑いが多く何でも理論的に分析しようとしていた。
ロレイラルでの生活が基盤なのだから、それは特別変な事ではないし、間違いでも無いだろう。

だが、アッシュはそんな分析なんか必要だと思わなかった。
ただ、肌で感じ、心で感じ、思ったままを口にしたら良いのだ。

子供ながらの理論だが、命ある者としてそれは当たり前のこと。
難しく考えなくて良い。思ったままで良い。

そうして、アッシュはルークを連れ回した。この 世界を。
自分達の足で行ける限り、歩いて回った。

それは、ちゃんと実を結んでいた。
無駄ではなかった。

こうして本人の口から聞けるとは思わなかったが、アッシュは些細な事はどうだって良かった。
だから、経由はどうだって良い。

だが、乱入は頂けない。


「メンテナンスはまだ終わって無いか!?俺も見たい!!是非、解体させてくれ!!」
「テメェ!!させねぇって言ってんだろ!?出てけ!!」
「貴様ら纏めて出ていけ!!」


扉を破壊して乱入を果たしたロレイラル馬鹿と、盾にもならなかった傭兵にイライラと怒鳴る。
アッシュはさっきまでの和やかムードが木っ端微塵になった事実に、剣を引き抜きたい気分だった。

だが、この屋敷にはもっと打ってつけのお仕置き役が居る。
遠慮無く召喚させてもらった。


「ミラアアアアァァッ!!ジュードに危機が迫っている!!この馬鹿を排除しやがれ!!」
「なんだと?」


アッシュの喚びかけ(大声)に応え、迅速にお仕置き役は召喚された。
破壊された扉の向こうから、怒気と覇気と迫力をMIXさせて、お仕置き役事精霊・マクスウェルのミラが参上した。


「また君か…懲りない輩だ。」
「ゲッ!!ミ、ミラ…!!」
「ミラ様…なんでもっと早く来ないの?」


ガイはビビって後退り、アルヴィンは恨みがましい目を向けた。
実家の姉の影響か、ガイは女性が苦手だ。
その為、この召喚はとっても大変有効だった。

なんせ、ミラはジュードが大好きだ。
仇成す者は、悪魔でもぶっ潰す程。
ロレイラルマニアなど、朝飯前の筈。


「済まないな、アルヴィン。食べている最中だったのだ。
終わったら加勢するつもりだったが、 少々夢中になり過ぎた。」
「少々…。」


少々だなんてとんでもない。虜だっただろ、おたく、とアルヴィンの目は語るが、ミラはスルー。エネミーロックオンで忙しい。

ロックオンされたロレイラルマニアは 「ひぃっ!」と情けの無い声を上げる。


「さて…解体がどうのと聞こえたような気がするが、私の気のせいか?」
「いや、あってる。言ってたぜ、そいつ。」
「言ってたな。メンテナンスに解体は必要ない。 」


なので。


「「駆除してやってくれ。」」
「ふむ、了解した。」


ミラは当たり前のように頷き、怯えるガイの首根っこを捕まえ引き摺って行った。 そして、響いたのは。


「た、頼む!!こっちに来ないで…ぎゃあああっ!!」
「待て!!これで終わりと思うなよ!!…はあっ!!」


そんなガイの断末魔とミラの勇ましい声であった。

そんなバックミュージックをぼんやり聞き流していると、ジュードが再起動した。


「おはよう、ジュードくん。不具合は?」
「おはようございます、マスター。大丈夫、オー ルグリーンだよ。」
「そっか、そいつは何よりだ。」


煩いバックミュージックをスルーしつつ、アルヴィンはジュードの頬を撫でる。
ルークも「問題無し。」と太鼓判を送ってくれたので、定期検査はこれで終了。

一仕事終えたし、とジュードを誘ってアルヴィンは公爵家のおやつにありついたのだった。

そんな、ファブレ家のとある一日。


End

※※※

黒鳥様のサイトにて10万打記念にリクエストさせていただきました。

黒鳥様のサイトにて素敵連載小説で“異界より喚ばれし者たち”でジュードかルークがとにかく周りに愛されている話でお願いします!なんていう無茶苦茶なリクエストだったにも関わらず、ルークもジュードも愛される話を書いてくださって…!

こんなサービス精神旺盛な黒鳥様に脱帽です
!!

萌えるぜー!こんちくしょー!ってカンジです。

黒鳥様!
本当に本っっ当におめでとうございます!!

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