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彼から逃げて数ヵ月。
ワタシは野生の気ままな生活を満喫していた。
人間に使役されなければ、好きな時に起きて好きな時に食べて、好きな時に眠れる。
どこに行くのかも自分で決められる。
誰かに縛られることのない生活は自分に合っているような気がしていた。
「(それに、もう人の都合のいいように使われるのは御免だわ)」
でも、何故だろう?
彼に使役されていた時より精神的にゆとりが出来たはずなのに、心は満たされない。
逃げ出したことに対して後悔なんてしていない。
なのに、心にぽっかりと穴が空いたようなそんな気持ちだ。
きっと気のせいだ。
そう思った時に、彼に…サトシに出会った。
今までも何度かワタシをゲットしようと戦いを挑んできたトレーナーも何人もいた。
彼もその中の1人。
その程度の認識だった。
それに、また人間に使役されてヒドイ目にあうなんて絶対に嫌だった。
人間はポケモンのことを便利な道具程度にしか思ってない。
ポケモンにだって感情があることや万能じゃないことも全く理解できない最低な生き物。
そう思っていた。
けれど、彼は今までのトレーナーとは違った。
人間なんてポケモンと比べたら劣った身体能力しか持たない生き物。
それなのに、彼はポケモンであるピカチュウのことを身を挺して庇った。
最初はかっこつけたいだけなんだと思ってた。
でも、彼は違っていた。
彼の行動に強い衝撃を覚えた。
アナタは人間。
ワタシたちはポケモン。
人間はワタシたちが守ってあげなければ何も出来ない弱い生き物。
そのくせ、簡単にワタシたちを見捨てる低俗で最低な生き物。
そんな認識しかなかったワタシにとって彼の行動一つ一つが衝撃を与えた。
草タイプのワタシに水タイプのミジュマルに戦わせた彼。
けれど、あのトレーナーと決定的に違うのは自分の意思ではなく、ポケモンの…ミジュマルの意思を尊重したところだった。
あのトレーナーはワタシの意思を尊重してくれることなんてなかった。
けれど、彼は…サトシは違った。
少しだけ…、そう少しだけ彼のそばにいて人間という生き物について知りたいという興味がわいた。
それからサトシと旅をして知ったこと。
とかく、彼は規格外な人間だということ。
無理無茶無謀は当たり前。
人間にしては珍しくポケモンのために当たり前のように体を張る。
他の人間と比べて身体能力はたかいようだけど、それでもワタシたちポケモンと比べたら劣るのに、迷わず体を張る。
それが、自分のポケモンでなくても。
サトシと一緒にいればいるほど、ワタシの心の中は複雑な思いでいっぱいになった。
***
雨のせいでワタシはその日…よく眠れなかった。
あのトレーナーのことなんて思い出したくもないのに、雨が降る度にワタシは思い出してしまう。
そんなワタシの心を察したのか、次の日は昨日の大雨が嘘のようにカラッと晴れ渡った。
でも、ワタシの心は晴れないまま…サトシたちは次の街を目指して旅を続ける。
そんなときだった。
「お前…ッ!」
「…ッ!?」
ワタシが見限ったあのトレーナーと会ったのは…。
旅の途中で休憩をすることになり、サトシと共にワタシは水を汲みに行っていた。
そしてその川の近くで運の悪いことに出会ってしまったのだ。
「ツタージャのこと、知ってるのか?」
険悪なムードが漂う中、サトシはきょとんとした表情を浮かべながらワタシを睨むトレーナーに声をかけた。
「あ?お前、誰だよ?」
「俺はマサラタウンからきたサトシ!」
「マサラタウン…?
ああ、あのカントーとかいう田舎から来たのか。
そのツタージャは、俺のものなんだよ!さっさと返せよ!!」
「タージャ…。」
まるで、ワタシのことを物を扱うような発言で返せという。
その言葉にワタシは嫌悪感まるだしでそのトレーナーを再び睨んだ。
「ツタージャを物扱いするなよ!」
「あぁ?俺のものなんだ!どう言おうとお前に関係ないだろ!?
だいたい、お前もいつかコイツといたことを後悔するぜ?
コイツは飽きたら、モンスターボールを無理矢理破壊して逃げるクズだからな!」
「タジャ…」
「ツタージャは絶対にそんなことしない!」
「タジャ?」
やはり、彼はワタシのことなんて何も見ていなかった。
そう思った。
けれど、サトシは迷うことなくその言葉を否定した。
いつもは子供っぽい行動からデントやアイリスに苦笑されることも多いサトシが、きっぱりと迷うことなく言い切るその姿は少し新鮮でワタシは不思議そうな表情を浮かべてサトシを見た。
そして、サトシの顔を見た瞬間、すぐに気付いた。
彼は…サトシはとてつもなく怒っている。
けれど何故、そんなにも怒っているのかワタシには理解できなくて首を傾げた。
「ずいぶんハッキリと言い切るな?
だけど、事実だぜ。
コイツはいきなり俺の腰からモンスターボールを奪って破壊して逃げたんだ!」
「ツタージャは、いつもクールで冷静で他のポケモンたちとはしゃぐことなんてないけど、でも他の誰よりも周りのことをしっかり見てる。
それに助けられたことだって何度もある。
…ツタージャのことを悪く言うつもりなら絶対に許さない!」
そう言いながらサトシはそのトレーナーを強く睨み付けた。
「お前、バッカじゃねぇの?
そんな冷徹な奴を庇うなんてバカだ!アホだ!」
「ツタージャのことを冷徹だって思ってる時点でお前はツタージャのことをちゃんと見てなかった証拠だよ。
それが原因でツタージャが離れたんじゃないのか?」
「……ッ!?テメェ…!ふざけんな!!」
「うわッ!?」
「タジャ!?」
サトシの言葉に強い苛立ちを覚えた彼はサトシを突き飛ばした。
そしてよろめいたサトシに、ぶつかったワタシは近くを流れる川に落下してしまった。
しかも川の流れは少し強くて、泳ぐこともつるのむちで岸に上がることも出来ず、ワタシは溺れた。
『お前は自力であがってこいよ!』
頭によぎった言葉。
ワタシは誰にも頼らない。
全部、1人でやらなきゃいけない。
そう思った瞬間に寂しさで心が押し潰されそうになった。
それを、振り払いたくてギュッと目をつぶった時だった。
「ツタージャ!!大丈夫か!?
俺に掴まれ!!」
「……ッ!?」
いつの間にか飛び込んでいたのか、サトシが必死に泳ぎながらワタシに手を伸ばしていた。
ワタシも気付いたらサトシに向かって手を伸ばしていた。
ワタシの手を掴んだサトシはすぐにワタシを抱き寄せた。
そしてすぐさま、サトシはワタシを頭に乗せながら声をかけた。
「ツタージャ、ケガないか?
もしあったら、すぐに治療してもらうから少しだけ我慢してくれ…!
ほら、しっかり掴まってろよ?」
そう言いながら岸に向かって泳ぎ始めたサトシ。
けれど、思いの外…流れは強かったようでサトシは時おり苦しそうに、咳き込んだ。
そんな中でも、ワタシを気遣うように声をかけ続けた。
ワタシはサトシの帽子をキュッと掴み…俯いた。
そうしないと泣いてしまいそうだったから。
「ゴホッ、ゴホッ!ゴホッ!
ツ、ツタージャ…、どこか痛むところはないか?
ごめんな…。俺が突き飛ばされたせいでツタージャをヒドイ目にあわせたよな…。」
「タージャ…。」
謝罪と気遣いの言葉をかけながら、サトシはワタシの体を触りながらケガがないかを調べている。
ワタシより、アナタの方が苦しそうなのに。
体力を消耗しているし、水で体温も奪われて震えている。
それなのに、どうしてワタシのことをまっさきに心配して気遣ってくれるの?
ワタシは色々な思いでぐるぐるしてしまっていた。
「お前、本当にバカだよな?」
そして、サトシに向かって突き飛ばした張本人はバカにしたように笑った。
「何がバカだって言うんだよ?」
「お前の言葉も行動もバカのすることだって言ってるんだよ!
ポケモンは俺たちよりも万能な生き物なんだ。
俺たち人間が助けなくたって勝手に助かるんだよ!」
「…だから助けなくてもいいって言いたいのか?」
「そうだよ。
ポケモンに体なんて、張ったところでバカを見るだけだって言ってるんだよ!」
「お前の言うことが正しくてバカだって言うなら、俺はバカでいい。」
「はあ?」
サトシの言葉にそのトレーナーは眉を寄せ、意味が分からないとでも言わんばかりの表情を浮かべた。
「けど、ポケモンは万能なんかじゃないんだ。
溺れることだってあるし、ケガをすれば痛いし、ヒドイことを言われれば傷つく。
それなのに、何でも出来て当たり前なんて考えを押し付けて…、そんな考えが相手を傷つけてるんじゃないかとは思えないのか?」
「ポケモンは俺たちと違っていろんな技を放つし、その時点で俺たちとは違うだろうが!
つーか、お前みたいなバカと話してると俺までバカになるぜ!
そんな冷徹なツタージャなんて本気でほしいなんて、思ってねぇよ!勝手にしろ!このバカが!」
サトシの言葉に会話するだけでも苛立ちが募っていくようで、そしてそれが我慢できなくなったのか、そのトレーナーはつばを吐いたあと鼻で笑い…その場を去っていった。
「あんな風に考えるやつもいるんだな…。
あ、ツタージャ!どっか痛むところはないか?待ってろよ!すぐにデントのところに連れていくから!」
そう言って、ワタシのことをそっと抱き上げたサトシ。
サトシの言葉が、態度が…ワタシの心に優しい灯をともしてくれるのを感じた。
そしてようやくワタシは気付いた。
野生として生きてる間、ワタシの心が満たされなかったのはきっと孤独だったから。
あのトレーナーと旅をしていた時、いつかワタシのことを見てくれる日がくるのを夢見てガラにもなく信じていたワタシ。
あの頃の夢をサトシはいとも簡単に叶えてくれた。
サトシとあのトレーナーは似ているところがある。
それは無茶苦茶なところ。
けれど、あのトレーナーは自分のため。サトシはワタシたちポケモンのために無茶苦茶なことをやってのける。
そして、言葉なんて分からないはずなのにワタシたちが望む言葉を自然にかけてくれる。
人間なんて低俗で最低な生き物。
そう思っていたワタシの前に現れたのはまるでポケモンみたいな男の子。
ワタシたち、ポケモンのために本気で怒って、笑って、泣いてくれる人。
そんなあったかい人だから、彼の周りには自然に人やポケモンが、集まってくる。
みんな、彼の魅力に惹き付けられてしまった。
ワタシもその1人。
ねえ、サトシ。
ワタシはアナタのおかげで、雨の日はいつも憂鬱だったのに、今は憂鬱な気持ちが嘘のように消えてなくなったのよ?
人間という生き物に絶望し、見限ったワタシが出会ったのは人間らしくない不思議な人。
そしてワタシが認めた、たった1人のマスター。
アナタ以外のトレーナーに、使役されるなんて真っ平ゴメンだって思えるくらいにアナタのことが大好きよ。
ありがとう、サトシ。
アナタという人間に会えて本当に良かった。
アナタの信頼に応えられるようにもっと、強くなるわ。
だから、これからもよろしくね。
End
※※※
自分で書いててツタージャの前のトレーナーって最低だな…と思っちゃいました。
というか、この話…夢で見たので書いただけだったりします
(;A´▽`A
ツタージャ姉さんの前のトレーナーについてあにぽけでやるんですかね?
やってほしいなぁ。
これくらい最低か、もしくはヘタレすぎか…だとは思うのですが…。
クールなツタージャ姉さん、大好きです。
ツタージャ姉さんは大爆笑とかしないんだろうなぁ。
個人的妄想全開の駄文に目を通していただき、本当にありがとうございましたっ!
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