短編 | ナノ

 
 
 私たちはいつも4人だった。コウキとヒカリとジュンと私。班を作るときもお昼を食べるときも、用事がない日は下校するのまでいつも一緒で。先生が「はい、男女4人組作ってー」なんて言えばクラスの誰も私たちには声を掛けない。誘わずとも断られるのが分かっているから。まあ要するに、自他共に認める仲良しメンバーだったのだ。

 中でも口数の多いジュンと私は気が合って、そのぶん仲がよかった。2人とも口だけじゃなくスキンシップも過剰だったから、肩を叩いたり顔を引っ張ったりなんてこともしょっちゅう。当然その行為に羞恥を感じたりもしないため、ふざけて抱きついたり手を繋いだり、そういうことを人前で平気でやったりした。

行き過ぎた愛情表現。だけどそれは特別なことじゃなくて、ジュンはヒカリにも同じように抱き付くし、私はコウキにも普通にそれをした。それは私たちの性格上自然なことであって、重要な意味などなかったのだ。頭で考えるより態度で示す方が得意な私たちにとって、スキンシップは言葉より簡単なことだった。だから楽なその道を選んでいた。ただそれだけ。

だけど、私たちは早く気付くべきだった。その居心地のよさは4人でいることが前提だったのだということ。2人が欠けてしまったのではとても維持できないのだということに。



 「ごめん、今日は用事があるから一緒に帰れないや」「私も、委員会があるの」。
そんなことを言われて、コウキとヒカリと放課後教室で別れてから5分。ジュンと2人で歩く帰り道に、私は既に白旗を上げかかっていた。その、主な理由は少し離れたところを歩くこの男。


 「…」
 「…」

沈黙が支配する、息が詰まる空気。
普段はおしゃべり過ぎてコウキに怒られるほどの彼が、何故か今日は何も言わない。喋らないのだ。そしてそれに釣られるかのように私の口も開くことを拒否し、押し黙っている。先ほどから5分間ずっとだ。こんなこと、今までにはなかったはずなのに。
それは私たちがよくやるケンカとは全く違っていた。私たちのケンカとは主に口喧嘩だ。尖った言葉で相手との距離を詰める。お互い言いたいことを思い切り言って、次の日にはもう忘れてるというような。確かに傷付いたりもするけれど、気は楽だし相手を怖いとも思わない。

…なのに、今日の息苦しさときたら!2人を包むのはまるで空気すらないかのような、まったくの無。ケンカの声さえ響かない、真空の空間なのだ。そんな会話の空白に比例するように広がった距離も、いつものそれよりずっと長く、ずしんと重たい。


 何とかしなければ。彼と別れるはずの十字路は学校から15分の位置にある。つまりあと10分、私たちはこのままなのである。
そんなの無理だ、不自然だ。私だって、ジュンほどではないにしろおしゃべりなタチ。重たい沈黙が居たたまれなくて口を開く。


 「えっと、コウキたち、用事すんだのかな」
 「…あいつらの話するの、やめようぜ」

勇気を出した一言だったのに、彼から返ってきたのはそんな理不尽な言葉だった。不機嫌に口を尖らせたジュンが、つまらなさそうにスクールバッグを肩にかけ直す。何でそんな楽しくなさそうなの、だって今日の昼休みまでは普通に笑ってたじゃん。私はジュンのお弁当のウィンナーを勝手に食べて、ジュンはお返しとばかりに私のハンバーグを食べて、ヒカリに「ごはん中は騒がないの」なんて注意されつつも、それでも笑って肩を叩き合ったりしてたのに。何でいきなり、こんなに空気が重いの?たった数時間で、何が変わったの?


 「ジュン、」

明るい声で呼んで、ふさげて腕に絡み付いてやろうと思ったのだけど、何故かそれをやっちゃいけない気がして押し黙ってしまった。何でそんな気持ちになるのか、全くもって分からないのだけれど。あれ、おかしいな。ジュンにつられて私まで変になったみたいだ。


 「えっと、…寒いね」
 「……冬だから」

いつもみたいに行動で埋められないならば、代わりに言葉で埋めよう。そう考えて投げかけてみるも、相変わらずにジュンの返事はそっけない。私の発する言葉ばかりが、空気の少ない紙風船のようにのろのろと投げられる。対するジュンはその紙風船を叩き潰して地面に落とすのだ。例えるならそんな感じ。

私たちの間には、ここにはいない2人ぶんの空間が横たわっていた。物理的にも、感覚的にも。…何故だろう、あんなに簡単にできたことが、どうして今できないの。やりようのない不安感に包まれる。いつもならあっという間の15分が、今日はひたすらに長いのだ。時間は平等に流れるはずなのに。


 昨日の帰り道まで他の3人を置いてどんどん足を進めていたジュンが、今日は一歩一歩踏みしめる感覚を確かめるようにして歩く。これは本当に、私の知ってるジュンなのだろうか。それに私はちゃんといつも通りの私なんだろうか。分からなくて怖くなる。変だ。何かが変だ。何だろう、この不安感。


 「あの、ジュン、…今日は随分とゆっくりだね?」
 「…」

我慢ならずにそれを指摘したら、彼はわざとらしく足を早めようとする。「あ、待って」と、慌てて私も追い掛けるけれど、隣に並ぶことはできなくて斜め後ろで不恰好に付いていく形になった。
少し先を行く金色の頭が揺れるたび、謎の感情が胸に垂らされて、インクみたいに滲んでいく。何だか泣きたいような、どうしようもない、胸の奥がツンとする気持ち。この感情に果たして名前はあるのだろうか。私は知らない。

 「…」
 「…」

知らない、はずだ。



 沈黙と空気の悪さはジュンのせいだけど、ジュンがおかしいのはコウキとヒカリのせいだ、と心の中で毒ずいた。2人がいないから、それに慣れていないから、私たちはこんなに落ち着かないのだ。きっとそう。2人がいたなら元通りになるはずなんだ。いつもみたいに腕に抱き付いたり、間接キスなんて気にせずジュースを回し飲みしたり、肩に手を回したり、当たり前にできるんだ。別にそれで不満なことなんてないよ。

だから2人とも、明日は放課後に用事入れないでね。それでこの、微妙な隙間を埋めてちょうだい。正体不明の空間を詰めて、抱き付けるくらい近くまで。

分かれ道へは、あと2分でたどり着く。







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∴企画「思春期」さまに提出。ありがとうございました。

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