短編 | ナノ

 
 
 今日の晩ごはんはシチューだった。熱くて白い、とろとろのその中に黄色いコーンを見つけたら、何故だか唐突にあいつに会いたくなったのだ。


 「…で、来ちゃったと」
 「いいじゃん別に。どうせ暇でしょ?」
 「あのなあ…」

こっちにも予定ってものがあるんだけど!と、あまり怖くはなくまなじりを吊り上げる幼なじみを横目で見遣り、奈々さんが出してくれたココアを口に含んだ。ごくりと喉を鳴らしている間にも奴の小声は止まなかったが、いつものことなので適当に聞き流しておく。こいつは毎回毎回しつこいのだ。いくら私が幼なじみだからって、そんなに小さい子にやるみたいに何度も諭さなくていいだろうに。
これは多分、家で預かっている小さい子どもたちに対する態度が染み付いてしまったせいなんだろう。どういう経緯でそうなったかは知らないが、最近の沢田家は賑やかである。うん、賑やかなのはいいことだ。しかしうるさいのはいけないことなんだよ綱吉。


 「だいたいお前は!」
 「うーるさいなあ、綱吉はもう」

止む気配のない文句に制止を掛ける。そんなにイライラしたらハゲるよ、と加えたら「父さんがハゲてないから大丈夫だってば!」と正論で返された。ダメツナのくせに知恵付けてきたな。言い負かされた私は再びココアに口を付けることにする。
純ココアに砂糖をたっぷり入れたそれはとても甘い。夜にこんなの飲んだら太るなあ、と思いつつ、おいしくて結局一思いに飲み干してしまった。おいしいものはダイエットの決意を揺るがすからいけない。奈々さんのココアは世界一だ。ある意味凶器である。

 ぷは、と息を吐いてカップを置けば、「それで?」と彼。シャンプーの匂いがするから多分寝る前だったんだろうが、どうやら追い出す気はないらしい。とんだお人好しである。


 「何が?」
 「いや…だって用事あったんだろ?」

じゃなきゃこんな夜中に来るわけないし、と言う。聞いてやるから、チビ達はお風呂入ってるし、リボーンも出掛けてるしさ。優しい声色に苦笑いするしかない。用事なんかあるわけないじゃん、何かあるならら電話してるし。ばかじゃないの。このお人好しの頭の中には会いたいから会う、なんて甘ったるいシチュエーションはないんだろうな。


 「今日はシチューだったから」
 「は?」
 「会いたくなったから、会いに来ただけだよ」

口のなかが甘い。甘い台詞を吐いたから、いや多分ココアを飲んだから。
にこにこ笑っていたら、恥ずかしいやつ、と綱吉が息を吐いた。

 「お前みたいにぽんぽん何でも言えたら楽だろうな…」
 「何それ、暗に私がノーテンキだって言ってる?」
 「そんなつもりじゃないよ!ただ、たまに羨ましくなるだけ」

バカな羨望を語って、ばかな綱吉がため息を吐いた。ああもう、だから綱吉はばかなんだよこのばか。私がいつ、言いたいことぽんぽん何でも言ったのよ。分かってない、分かってないなあ。

 「ばか綱吉」
 「いきなり何だよもう!」
 「いや別に」
 「そんなの、言われなくても獄寺くんみたいに賢くないのは分かってるってば!」

そうじゃないんだけどなあ。そういう意味じゃなくて。本当に綱吉はばかだ。これでわざとじゃないんだもん、いっそ憎らしいぐらいだよ。


 「でも好きだな」
 「は?何が?」
 「…コーンが入ったあつあつシチュー」
 「意味分かんないんだけど!」


好きだな。ばかだけど、やっぱり好きだ。何がなんて野暮な問いかけはなしだよ。
あーあ、シチューみたいに簡単に言えたらいいのにね。本当にもう、綱吉はばかだ。


20120205

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

戻る