扉を開けると、途端に沢山の棚に視界を阻まれた。
「・・・えっと」
おかしいな、私は確か薬屋に入ったはずなのだが。"深山木薬店"と書かれた扉を思い出し、頷く。うん、私が入ったのは薬屋だ。急な坂の途中にある怪しげな薬屋。
いつもの私なら、こんな所へは来ない。しかし今日は訳が違った。学校帰りに下りるべき駅をひとつ間違い(というか寝過ごし)、下りてしまった久我山。 せっかくだからと滅多に来ない風景を楽しんでいるうちに、来てしまったのだ。
その上ここに来て母に頼まれた薬のことを思い出して、たまたま目についた"薬"の文字に足を向けた次第である。
しかし、ここの店内といったら!見回す限り棚、棚、棚!しかもその棚を埋めるのは薬なんかではなく、色あせたマトリョーシカやら招き猫やら釣竿やら、薬に全く関係のないものばかり。そもそも何に使うかの検討さえ付かないものまである。 それが、薄暗いのと、人の気配がしないのとも相まって不気味な印象をかもしだしていた。
「お客さん?なら、奥へどうぞー」
・・・とりあえず、進むしかなさそうだ。 奥から聞こえてきた鈴のような声に安堵しつつ(人いたんだ!)、私は言われた通りに薄暗い棚の隙間を進む。
奥には、茶色の髪をした超絶美少女、が脚を組んで座っていた。真っ直ぐに私を見遣り、いらっしゃいと少し笑う。
バイトの子だろうか。猫のような瞳に黒縁眼鏡をかけ、白衣の袖を捲った姿はなんとも美しい。 歳は私と同じくらいか。ショートカットの髪がよく似合っていた。
「あ、えっと、・・・美人ですね?」 「・・・それは喧嘩を売ってると受けとっていいのかな」 「え?」 「僕は女じゃないから、美人という言葉では喜べないんだけど」 「・・・あ、ごめんなさい」
美少女ではなく、美少年だったらしい。なるほど、言われて見れば胸元はぺたんと平坦だ。はやとちりしてしまった。
「・・・どういうご用件で?」
ずれてしまった会話を戻し、彼はカウンターに座り直す。その拍子に丈の長い白衣の裾が椅子から滑り落ちた。
「あ、風邪薬を・・・」
言うと彼は少し目を見開き、じゃあ少し待っててとカウンターの更に奥へ引っ込んだ。 数分ののち、また出て来る。手には小瓶。何やら白っぽい液体が入っている。 何だか、薬というよりは刑事ドラマなんかで見る毒みたいな雰囲気だ。
「な、なんですかそれ・・・」 「風邪薬。副作用で眠気肌荒れ。普通のがいいなら向こうのドラッグストアがオススメかな」 「え、そんなのあったんですか」 「うちよりは見つかりやすいと思うよ」
なんだそれ。ゆ、勇気を出して来た私の行動は一体。来た道を思い出してみるが、坂が大変だったことくらいしか覚えていなかった。
「はは、君って面白いね」 「・・・そうでしょうかね・・・?」
くすくす、と瓶を持った片手を口元に当てて、もう片方の手の指をパチンと鳴らす。すると、彼の手にあった小瓶はふっと消えてしまった。どういう仕掛けなのかはわからないが、すごい。
「風邪薬は売っても大した利益にならないから気が進まないな。向こうで買ってくれる?」 「え、」 「次来るときは惚れ薬くらい買ってね」
にこりと笑う彼に、理解した。 ああ、彼は私が間違ったのを責めないのか。それどころか気にしないように気遣かってくれたのか。・・・態度は尊大だった、けれど。
「次来るときは、紅茶でも戴きに来ますね」
だから私は微笑んで言う。また来ます、と。今日は本当に失礼なことをしちゃったから、次から挽回できるように。 とりあえず、次回はクッキーでも持って来ようかな。
「・・・結構人懐こいんだね」
私の意図に気付いたのか違うのか、彼は呆れたように笑って、好きにしたらいいと言った。
20110107
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