短編 | ナノ

 
 
怪奇譚リベザル




 私は今、お伽話の中にいます・・・いえ間違えました、お伽話のような景色の中にいます。街から随分と外れた、山中の一軒家の前で、立っているのです。
手の平には小さな紙切れ。ルーズリーフか何かの切れ端のようです。私が相談した、ええと、誰だったかしら。・・・忘れてしまったけれど、知り合いの方からいただきました。

その相談の内容なのですが、普通の友人達にはできないのです。何故ならその悩み事はとても信じ難いことだから。信じて貰えないのが関の山だと思ったのです。だからその、ううんと、あまり親しくはない彼あるいは彼女に相談をしたのです。今となってはどうしてその彼、ないし彼女だったのかもよく解りません。それだけ私が必死だったのでしょう。

その方は私にこのメモを渡してくださり、魔法の言葉を告げました。私はそのメモを頼りにここまで来ています。ここまで来てようやく、もしかしたらあの方は冗談をおっしゃったのかしらという考えが浮かびましたが、来てしまったものは仕方ありません。これで解決しなければまた別の方法を考えればいいのです。今の私には試してみる他ありませんから。
ああ、それにしても秘密の魔法の呪文だなんて。まるで本物のお伽話のようです。ピーター・パンかアリババにでもなった気分。



 そこではっとしました。
そうです、私はどなたかのお家の前でじっと立ち止まっていたのです。これでは不審者になってしまいます。とにかく、中へ入らなくては。私はその漆喰の壁に一歩近付きました。

そのお店の扉の隣には木でできた看板があって、かわいらしい文字で"深山木薬店5X"とありました。すると、ここは薬屋さんなのです。看板の隣の貼紙は何だか文章がおかしいですが、薬のことを書いてあるのには間違いありません。私は首を捻りました。本当にここで私の悩み事は解決するのでしょうか。疑問に思いつつ、その古びた扉をそっと開いてみます。



 「ごめんくださーい・・・」
 「はい」


 奥から聞こえてきたのは高い、声変わりを迎えていない幼い声でした。それと同時に物陰から赤い髪がぴょこんと覗いて、表に歩いて来ます。声と同様、まだ年若い・・・いえ、若すぎる少年です。燃えるような赤い髪に、どこかの私立学校の制服でしょうか、学生服を着ています。


 「何かご用ですか」

何も言わない私に痺れを切らしたのでしょう。彼は私を見ながらそう言いました。私は慌ててはい、と頷きます。


 「あの、灰色の木を金色に戻す薬をください」
 「・・・お話、聞かせてください」


それにしても、この少年には表情というものがありません。先ほど初めて顔を見てから今まで、全く顔つきが変わらないのです。最近の中学生(恐らく、ですが)はみんなこんな感じなのでしょうか。冷めた視線に、妙に居心地が悪くなります。



 「笑わないで、くださいね」
 「貴方も、俺を笑いませんでした」



俺は貴方を笑いません。
そう言った僅かな微笑みが、唯一私に理解できる彼の感情でした。



20110304

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