(学パロ)
「何してるのさ」
窓から外を眺めていた私が、突然掛けられたそんな声に振り返ると、少し離れた場所にセピアの髪が揺れていた。服装検査の度に生徒指導の先生に注意される、彼の自前の髪だ。もっとも彼――深山木秋、くんは、その度に注意した先生の方が可哀相になるほどこてんぱんに言い負かしてしまう訳なのだが。
今日は服装指導がなかったから、深山木くんの毒舌もなりを潜めていた。クラスは同じだけど、そこまで仲がいい訳じゃないし話もしない。もう放課後だが、さっきので今日初めて声を聞いたことになる。 布地のフラットなスニーカーで、私の立っている辺りまで歩みを進めて来た彼は同じように窓の外に目をやる。そこにはざあざあ降っている雨が。 深山木くんはようやく納得がいった、というように頷いてみせた。放課後、雨、ちなみに朝は晴れていて、私は天気予報を見る習慣がない。ここまで来れば答えはひとつ(彼は私の習慣までは知らないだろうが)。
「傘、忘れたの」 「奇遇だね、僕も持ってないんだ」
忘れた、とは言わないで深山木くん。全く困っているようには聞こえない口調だ。私は雨が止むのを待っている訳だが、彼はもしかしてこの雨の中を傘なしで帰るつもりなんだろうか。・・・いやいや、そんなまさか。
しかし、雨足は強まるばかりで一向に弱ろうとしない。この状況で止むのを待つのは無謀だろうか。彼のように傘をささずに帰った方がいいのか・・・いや、そんなことしたら絶対に風邪引いちゃう。
「・・・なまえさん、傘ないなら一緒に帰る?」 「え、濡れて?!」
なんてサバイバルなお誘いだろうと目を見張れば、深山木くんは大きく肩を震わせた。手で口元を覆って、少し俯いて、これは・・・笑われている!
「ククッ・・・ぬ、濡れて、って・・・、流石に、僕もそんなことは誘わないかな」 「え、えと、」 「そうじゃなくて、友達に傘借りるから一緒にどう?って」 「あ・・・」
そういうことか。はやとちりしてしまった。それにしても深山木くん、結構笑い上戸なんだなあ。私が間違いに気付いたのを見て、また笑う。よく考えれば失礼な話だけど、深山木くんなら何故か腹も立たなかった。 気を取り直して尋ねる。
「お友達は大丈夫なの?」 「うん。ゼロイチだから」
ゼロイチ、というのは多分同じクラスの桜庭くんのことだろう。深山木くんとよく一緒にいる人だ。それにしても、桜庭くんだから、とはどういうことなのか。桜庭くんは準備がいいから傘を二本持ってるってことなのかな?
なんにせよ、帰れるのは嬉しい。ここは深山木くんの好意に甘えることにしよう。ありがとう深山木くん、桜庭くんも。
***
深山木くんと並んで歩く帰り道は、なんだかいつもと違うように見える。毎日通っている道なのだけど、隣に誰かがいるのといないのとではやっぱり何かが違うんだなあと考えてみたり。
ちら、と横目で彼を盗み見る。驚くほど整った横顔に、思わず恥ずかしさが込み上げてきた。深山木くんて、見ているだけで照れてしまうタイプの美形だ。その顔がこんな間近に、少し手を伸ばせば届くところあるなんて、一体全体どういうことなんだろう。成り行き?よくわからないけれど。というか私、今深山木くんと、俗に言う相合い傘というやつをしてるじゃないか。本当にどういうことなんだ。
彼を好きな女の子は多い。二人で相合い傘なんて場面、見られでもしたら明日は「おまえの席ねーから!」とかなりそうだ。怖い怖い。雨だし人通りも少ないし、その心配はあまりないとは思うけれど。 なんてどうでもいいことを考えていたら、
「なまえさん、」
思い切り手を引かれた。 その声に我に返ると私のすぐ前を自動車が走り抜けて行った。危ない。どうやら、気付かないうちに交差点のところに出ていたようだ。まさか車の音も聞こえないなんて。
「あ、ありがとう」 「危ないよ」 「・・・ごめんなさい」
彼が手を引いてくれなければ間違いなく轢かれてたな、あれ。考え事をしていたのも深山木くんが綺麗すぎたせいだけど。・・・身勝手な言い分だと分かっているから口をつぐむ。
信号が変わるのを待って、私たちは道路を渡った。隣で傘を持つ腕は、シャツの袖を肘の下まで捲り上げられている。雨も降っているのに、寒くないんだろうか。
「深山木くんって不思議な人」 「そう?」 「うん」 「・・・」 「・・・」
会話は続かない。でもそれが息苦しくはない。
「なまえさん、家この辺?」 「あ、うん」
家が逃げて行ってくれたらいいのに。どんどん遠くなって、そうしたらずっと帰り道。二人で歩けるのに。そんなことを考えた。
20110430
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