短編 | ナノ

 
 
 風が強い。
山へはそれほど近くないこの街には珍しく、結構な勢いでびゅんびゅん吹いているのだ。セッカの方ならよくあることだろうが、よもやこんな都会でここまでの風に遭遇するとは思わなかった。驚く私を馬鹿にするかのように、時折突風が吹き抜ける。


―――何でよりによって今日、この日にこんな天気なのよ、神様のバカ。
いつもより短い、観覧車待ちの行列の最後尾に並びながらどうにもならない悪態をついた。

 私の隣には、上着のポケットに両手を突っ込んで背中を丸めているトウヤ。寒そうなポーズだが、単に手持ちぶさたなだけみたいだ。たまにライブキャスターを覗いて時間を確認している。お馴染みの赤い帽子を被り直してみたりして。
今日はこの人と乗る為に、観覧車に並んでいるのだ。誘ったのは私。面倒臭がりなトウヤを引っ張り出すのは、正直かなり骨が折れた。この間からねだってねだって、ようやく約束が取り付けられ、晴れて二人きりの観覧車デート!・・・のはずだったのに、この風である。神様を怨みたくなるのも仕方がないと、私は思う。
今の私なら"おんねん"が使えるんじゃないだろうか。いや、ひんしにはなりたくないけれど。気持ち的に。



 「風、すごいね」
 「んー、帰りたい」
 「それはダメ!!約束でしょ!」
 「はいはい」


 でもまあ、観覧車が止まっていなくてよかったと、そこは感謝すべきか。ライモンの名物である観覧車だが、この風だとただの風車になってしまっているかもしれない、なんて考えていたのだ。ぶら下がっているだけだと思っていたが、見かけによらず丈夫なのだろう。先程から見る限りゴンドラもそこまで揺れていないし。


・・・ただ、この風だけは本当にいただけない。うんざりしながらも、ひらひらと落ち着かないスカートの裾を片手で押さえ付け、同じく煽られて落ち着かない髪にもう片方の手を運ぶ。


 「うわー、もう、髪ぐっちゃぐちゃ!!」

最悪、と毒づいてみたり。それを聞いたトウヤは、呆れた顔でため息をついてみせた。

 「なら、結ぶなり留めるなりすれば?そんなに大変なことなわけ?」
 「な、大変だよ!!」

 私がこの髪をセットするのに、どれだけ時間をかけたと思っているのだ。それも誰のためだと。トウヤとの待ち合わせじゃなければ、こんなに気合いなんか入れないっての。
髪とスカートを押さえたままで、きっ、と風を睨みつけると、再びため息が返って来た。しかもさっきより深いやつ。


 「あれこれと面倒臭い奴だな・・・じゃあ、はい」


 ぽすっという効果音が聞こえてきそうな仕種で、彼は私の頭に何かを被せてきた。それはたった今まで彼の頭に被られていた帽子で、それに気付いた私の体温は2度ほど上昇。トウヤは帽子のなくなった頭で私の顔を覗き込んだ。


 「これで文句ないだろ」
 「・・・服に合わない」

今日の私の服装は白に茶色にピンクに花柄、女の子らしさを追求したものなのだ。シフォン素材のスカートに赤いキャップは些か違和感がある。


 「あっそ。じゃあ返せ」
 「やーだ」


・・・だけど、手放したくはなかった。仄かに彼の体温の残るそれに暖められたからだろうか、私の頬は幸せに染まっていた。



 「・・・面倒臭い奴だなお前は」
 「ふふん」


トウヤの憎まれ口も、今は気にならない。観覧車の乗り口までスキップできそうなくらい、気分は軽かった。



20110430

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