短編 | ナノ

 
 
怪奇譚「ソラチルサクハナ」のネタバレ有り。




***










 昼休み。休憩室でお弁当を食べている時に、とある人の名前が出てきた。企画二課にカッコイイ人がいる、と同じ経理課の女の子達が出してきたのだ。私はご飯を食べるのに夢中で半分素通りさせながら聞いていたのだけれど、彼女達が言うにはミステリアスな雰囲気で、笑顔がかわいくてステキな人、らしい。
私は彼を知っていたけれど、それを言えば面倒なことになるということは経験上よく分かっている。彼と知り合いだということは黙っておくことにした。

そんな私の決意など露知らず、今日こそメアドゲットするわよ!と息巻く彼女らに、苦笑い。昼食が終わったらすぐに企画二課へ行くらしい。すごい、アクティブだなあ。
いつも一緒にお昼を食べる彼女たち、いい人ばかりなのだけど、こういう時はちょっとしつこい。観念してアドレスを教えるか、彼女らが飽きるかするまで付き纏われるだろう彼に少し同情する。
頑張って、私は何もしないけど。してやる義理も何もないし。

 行こう!と立ち上がる女の子たちに、あたしはいいやと手を振った。さすがに社会人、このくらいの自己主張はできる。彼女らも了解ーと軽く敬礼してみせ、じゃあ行って来る!と笑って休憩室を出て行った。訪れる静かな時間。
さて、あの子たちが帰って来るまで携帯でも弄っていようか。昼休み終了まではまだ時間がある。そう思い、最近変えたばかりの携帯を開く。
新着メールに気付いて開けようと操作した時、休憩室の扉がカタン、と開いた。


 「なまえさん?」

開いたドアから私の名前を呼ぶ、涼しい声が飛び込んでくる。先程出て行ったばかりの彼女らが帰ってくるにはまだ早い。そもそも声が女のそれとは違っていた。涼やかで、透き通ってはいるけれど、れっきとした男のものだ。
・・・しかも、今ここにいてはいけないはずの。

 「何でここにいるんですか、椚さん」

そう、私しかいない休憩室へ入って来たのは、経理の女の子たちがカッコイイと大騒ぎの椚良太、通称"歌"さんであった。ストライプの細いネクタイに、襟のところが独特なデザインになっている一風変わったジャケットを着てはいるが、相変わらず人混みに埋没しそうな印象を受ける。
空気のようにつかめない、不思議な人だ。最も、そこが"ミステリアス"だと人気なのだが。私には理解できそうもない。


 「さっき、うちの女の子たちがアドレス聞くって探しに行きましたよ」
 「うん、知ってる。だから今は経理、なまえさん一人かなって」


それはつまり、女の子をやり過ごして逃げて来たと。そういうことなんだろうか。

 「・・・みんなは?」
 「まだ探してるんじゃないかな?」

 酷いことを言っているのに、彼の笑顔はものすごく魅力的だ。多分、彼の本性を知らないような女の子が見たら速、恋に落ちてしまうかもしれないような微笑み。彼に夢中な経理課の女の子たちが"かわいい"ともてはやす最強の笑顔だ。そんな笑顔をこの至近距離で見ているとなると、やはり少しはどきっとしてしまう(あくまで少しだけ、だ!)。

 「・・・椚さんて、本当に酷いですよね」
 「あはは、よく言われる」

笑い事では、もちろんない。
彼と同じ、企画二課の人たちはこんな人とどうやって付き合ってるんだか。いつか秘訣を教えていただきたい。彼と知り合うきっかけになった、企画二課にいる友人を思い浮かべてそう思う。
そういえば彼女も、この男に夢中になっている女の子の一人なんだっけ。

 「せっかくだから、少し話さない?」
 「椚さんが如何に酷いかを、ですか?」
 「それも面白いかもしれないね」
 「・・・」


 だけどそう、アドレスを聞きに行った女の子たちをやり過ごしておいて、私の所へ話しに来たというのは少し、ほんの少しだけだけど、嬉しいものであるかもしれない。



20110603

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