短編 | ナノ

 
 
 "相手が好いている人物"に変化する。そんな幻覚を彼女にかけてみようと思ったのはどうしてだっただろう。彼女の好きな人を暴いてやろうと思ったからだろうか。あわよくば愛の言葉でも聞きたいと思ったからだろうか。

ともかく自分は今、公園の植え込みの中で彼女を窺っている。こんなストーカーのような構図からは早く抜け出したいのだが、あと少し。あの、杖をつく老人が公園の外へ出て、彼女が一人になったら。そうしたら自分は外へ出てこの姿を見せよう。
彼女の想い人に見えるはずの姿を。


 「―――行った」


 公園から出て歩いていく老人の背中を見送る。小さな園内に残るのはもう自分と彼女だけだ。その彼女はひとつしかないベンチに座って俯き、携帯電話を弄っているようだ。
意を決して植え込みの中から出ていく。さあ、どんな顔をするのだろうか?


 「"なまえ"」


口調はなまえの脳内で勝手に変換されるから、いつものようにして話し掛ける。彼女には好きな人の話し方で聞こえるはずだ。
携帯から顔を上げた彼女はこちらを見るなり怪訝な顔をしてみせた。ここにいるのがおかしいような人物なのだろうか。もしくは自分の名前を知らないはずの人とか。だとしたら失敗だ。

なまえはしきりに首を傾げ、じっとボクを見つめた後に小さく呟いた。

 「・・・夢?」

不可思議な状況を、彼女は夢と解釈したらしい。頬を抓って痛みを確認している。勿論現実であるから、痛い。顔をしかめて再びこちらを凝視した。夢だと認めてやることはもうできない。

 「・・・"夢なんかじゃないよ。君に会いたくて来たんだから"」


こうなってしまえば、残された道はやけっぱちで当初の目的を果たすことだけだ。捕まったなら原形を明かして逃げればいいだけの話。いくら何でも、野狐に追いつくほど脚は速くないはずだ。


 「じゃあ幻覚?あなたがこんな所にいるはずないもん。薬屋さんはいいの?」

 "薬屋"。そのワードにぴくりと反応してしまう。なんということか、彼女の想い人は"ヒト"ではなかったらしい。
当然彼女は彼らが妖怪であることを知らないのだから仕方ないんだけれど、ちょっと驚いてしまった。


 「"店は、今日は休み"」
 「ふうん。休みとかあるんだ」

 誰なのだろうか、彼女の好きな男は?世話になった薬屋衆3人の顔を一人一人思い出し、目の前の少女の表情に照らし合わせる。友人のリベザル、アルコールワードの座木、それから店主の秋。どれを当て嵌めてもしっくり来ない。


 「・・・あなたって、本当に幻覚じゃないの?」
 「"しつこいな、違うってば"」
 「だって、おかしいじゃない!」

それでも選ぶとしたら、まず、彼女のこの受け答えの仕方から座木は除外される。彼の話し方というのは、話している相手さえも自然と言葉が丁寧になるような穏やかな調子であるからだ。彼が相手ならばこんなに雑な返答になるはずがない。
それから、態度。見知らぬ人間が苦手なリベザルは、他人と一定の距離を保とうとする。彼に関わろうとする普通の人間、特に女性はそれを思いやって優しく接するものだ(エリカさんのような例外もあるが)。普段のなまえもそうしていた。少なくとも、こんなに語気を荒らげることはなかったはず。なまえが態度を改めたとは考えにくいから、候補からリベザルも除外される。
となれば、3引く2は1。簡単な引き算である。


 「・・・」

 よりによって秋さんとは。まだ座木さんの方がマシだった。種族のせいだと納得がいくから。何故よりによって、性格の悪い、だけど顔だけは抜群に綺麗な秋さんなのだ。なまえは顔で選ぶタイプに見えなかったけれど、やはり美少年には弱いのだろうか。
それさえも知らなかった自分が腹立たしい。


 「"なまえはボクを好き?"」

 気づいたら口にしていた。言ってから子供みたいだと思った。彼女の100倍永く生きているのに、彼女より10も年下の児童のようだ。
これを聞いて、何になるのかはわからない。虚しいだけだということだって十二分に理解していた。それなのに何故、聞いてしまうのか。自分が解らなくなる。


 「どうしたの?今日、あなた、変じゃない?」
 「"いいから答えて"!」

ぱっと口をついて飛び出た、その気迫に圧倒され、彼女は数秒の空白の後に口を開いてみせた。


 「・・・好きよ。多分ね」

ほんのり頬を染めて、静かに答える。ああ、ボクがその言葉をどれだけ欲したことか。



 「ちょっと、何、どうしたの?」
 「・・・なんでもない」


 この言葉はボクに向けられたものではなくて、綺麗な薬屋のために紡がれたものだ。それを思えば悔しくなった。ボクの方が秋さんよりずっと、なまえを好きでいるのに。

 「なんでもないって・・・泣いてるじゃない」
 「泣いてない」


泣いたりなんかしたら本当にみすぼらしいじゃないか。子供じゃないか。こんなんじゃ七糸様にだって顔向けできない。こんな、女の子の言葉に心を支配されてしまうようなボクを。


 「本当に、今日なんか変だよ、柚之助」
 「・・・え?」

 今、何と言った。
"柚之助"。そう呼びはしなかっただろうか。固まるボクに、彼女は首を傾げて見せ、再びボクの名前らしきものを呼ぶ。

 「柚之助?」
 「・・・な、に」

どうして?何故彼女がボクの名前を呼んでいるのだ。自分は彼女の想い人に化けたはずで、彼女はその姿を見て「薬屋」と言ったのだ。そして消去法の結果、想い人ならぬ、想い妖怪の正体は秋さんだということがわかった。何度考え直してもおかしくはない論理だ。
おかしくないはずなのに、どうして矛盾が生まれるのだろう。解らない。ボクはそこそこ頭がいいと自負しているのだが、解らないものは解らない。仕方ない。
視線をあちこちとさ迷わせるボクを見て、なまえはまたボクの名前を呼んだ。

 「柚之助、もしかして、薬屋さんの手伝いをサボってるんじゃないの?だからこんなにそわそわしてるんだ」

 つまり、こういうことか?彼女の言う"薬屋"とは店のことではなく、秋のことだった、と。
3引く3はゼロ。リベザルにも分かる算数なのに、引かれる数を間違えたから答えが出ない。

薬屋は秋だから、「薬屋さんはいいの?」という問い掛けは「秋の手伝いはいいの?」という意味になる。そうなると、相手は薬屋以外の人物。ボクの知る限り、彼女の知り合いに"ユノスケ"はボクだけだ。

 「なまえ、ボクを好きなの?」
 「また、その質問?・・・好きだよ?」


 少し照れ臭そうに笑う。その頬はほんのりピンク色。

―――なんだ、そういうこと。
今まで考えていた、黒い感情がすっと無くなるのを感じた。なまえの気持ちだけじゃなくて、ボクの気持ちも一辺にわかった。あまりにアッサリしすぎていて、また計算ミスなんじゃないかって不安になるほど。だけど、今度は絶対に正確だという確信もある。もしこれがテストなら、ボクは自信満々に答えを書き込むだろう。



 ――でもね、リベザルもエリカも道長くんも好きだからね!柚之助も同じ!ライクであってラブではないんだから!

続く言い訳は無視することにした。そうしても問題ない。だって、今日の変化は"なまえの想い人"。ボクの変化は完璧だからね!



20110623

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