短編 | ナノ

 
 
以下の作品のネタバレを含みます。
・深山木薬店説話集
・双樹に赤 鴉の暗
死ネタ有








***






 昨日、私のうちが強盗に襲われた。盗まれたのは父の金銀財宝。宝物庫に蓄えられていたお金や宝石たち、名画や嗜好品など。
大抵は一般的に価値のある品々ばかりであったが、しかし中にはあまり大したお金にならないものも混ざっていた。羊皮紙や鉄屑を始めとして、簡素な造りの針金細工だとか、手抜きの装丁をした写本だとか、人には価値を理解されないであろう物も紛れ込んでいて、一緒に盗まれたのだ。
その中に、私の宝物も含まれていた。使用人さんが間違えて片付けてしまった、ガラス玉のついたブレスレット。昔仲良くなった使用人の子がくれたもので、金銭的価値はあまり大したことないけれど、気に入って今でも毎日つけていたものだった。赤い紐で結わえられたそれは、その人に言わせれば「幸せになれるおまじない」らしい。確か、「赤い紐は、運命の人を導いてくれるものだから」、なんて言ってたっけ。盗まれちゃったから、もう導いてくれなくなっちゃうな。


 そんなことを思いながら、開け放した窓から空を見上げていた。浮かぶ雲は真っ白。浮かばせる空は真っ青。私の無くしたブレスレットの補色。からっぽになった宝物庫には興味ないけれど、ブレスレットはショックだったな。だってあんなにキレイだったのだから。寝るときに外して机の上に置いておいたのだが、朝、部屋を掃除しに来た使用人さんに片付けられてしまったらしいのだ。こんなことなら、寝るときも付けていればよかった、なんて。後悔は先に立たないから悔しい。


 「あ、いた」
 「え?」

 今の声は、どこから聞こえた?"あ、いた"。私の聞き間違えでなければ、窓の外、上から聞こえはしなかっただろうか。
これは窓。私は家の中。上から聞こえる声はないはずなのだけど。そう思いながらも、窓から乗り出して上を見上げた。

・・・何も、いない。
どうやら聞き間違えだったようだ。ふ、と息を吐いて、身体を部屋の中に収める。窓の端にぶら下がったレースのカーテンが風を孕んでふわっと翻った。

その、翻って部屋の中へ広がったカーテンと一緒に、入ってきたものが二つ。・・・いや、二人。


 「こんにちは」

 一人は茶髪の男の子。私と目が合うと、笑顔で挨拶をしてくれた。ハッとなるほどの美人で、道を歩けば誰もが振り返るだろう華があった。
もう一人は、黒髪黒目の男の人。一緒にいる少年のように派手な顔立ちではないのだが、黒曜石のような瞳はあまり見たことのないもので美しい。ニコニコ笑う少年とは対照的に、ぶすっとした表情からはおよそ愛想というものが感じられなかった。

彼らは一様に粗末な服を着て、土煙にうす汚れていた。・・・いや、彼らだけではない。この街に住む人間で、うす汚れていない服をまとえるのだなんてごく僅かだと、知らないくらい子供ではないのだ。例え自分の周りに、そのごく僅かな人間しかいないとしても。

そこまで考えて、もしかしたら彼らもまた、昨日の強盗と同じように何かを盗みに来たのかもしれないと思った。宝物と呼ばれる品々は昨日あらかた盗まれてしまったが、うちにあるもの、例えばこのレースのカーテンだって、街の人達にしてみれば金目のものに含まれるはずだ。彼らはそれを狙って来たのかもしれない。


 「ええと・・・あなたたち、誰ですか?」

恐る恐る尋ねれば、茶髪の少年は少し目を丸くした。その顔はみるみる歪められていき、表情筋がしばらく震えていたが、ある瞬間に耐えられない、というようにぶはっと吹き出してしまう。声にならない音を上げて笑い出した彼に、今度は私が目を丸くする。何なんだ一体。どういうことなの。

 「あの、私何か変なこと言いましたか・・・」

腹を抱えて笑い続ける彼に話は通じないだろうと踏んだ私は、そんな彼を呆れたように見下ろす黒髪の男性の方に話を振った。男性は自分が話し掛けられたことに驚いたようだ。戸惑うような口調で返す。


 「別に。コイツのツボがおかしいだけだ」
 「そ、う、なんですか?」

なら、まあ、いいか。
びっくりした。自分が何か馬鹿なことでも言ったのかと思った。

 「くく・・・っははは!」

尚も笑い続ける茶髪の少年を尻目に、男性の方は大きなため息をついた。そして汚れた服のポケットから赤い、ガラス玉のついたブレスレットを取り出し、私の目の前へ差し出した。

 「・・・これ」


 それは、確かに私の無くしたもの。強盗に盗まれたはずの、だ。ということは、彼らがその強盗なのだろうか。見た目的には、とてもそうは思えないのだけど。先程強盗かも、と思っておいて何だが、強盗と聞けばどうしても、毛むくじゃらの中年男を思い浮かべてしまう。
青年に目で促されてその赤い紐を指で摘む。真っ赤な紐の先にぶら下がる綺麗なガラス玉が涼しい光を放った。

 「カーってば、それだけは返すって聞かないんだ」

ガラス玉を見つめている最中、突然降ってきた高い声に顔を上げれば、茶髪の少年がようやく笑いから立ち直って微笑んでいた。女の私でも太刀打ちできないくらいの美貌。猫のような瞳が私を見つめた。

 「カー?」
 「この人の名前」

言いながら隣の青年を指す。指された青年の方は、決まり悪そうにむっすりと視線を反らしてしまった。

 「下見に来た時、君が付けていたのを見たんだって」
 「え・・・?」
 「・・・大した金にもならねえのに、盗品持ってるのは危ないだろ」

無愛想に言ったが、それが嘘だということは私でも分かった。今の街なら、こんなガラス玉ひとつでもお宝なのだ。これひとつでパンが買える、それだけで子供のお守りのブレスレットが価値あるものになる。

 「あ、りがとうございます。友達に貰った、お守りなんです」
 「・・・ふーん」

興味なさそうな声で、カーと呼ばれた青年が呟いた。無愛想だけれど、きっと優しい人なんだろう。偶然見かけた私の為に、わざわざおもちゃのブレスレットを返しに来てくれる程度には。

 「お人よしだよね、カーは」
 「黙れ、エン。・・・アヴァンスにバレなきゃ問題ねぇだろ」


エン、というのが茶髪の少年の名前だとすれば、もう一つ飛び出した名前は、リーダーのものだろうか。バレなきゃ、ということは、裏を返せばバレたら問題があるという意味で。

 「あの・・・すみません、でした。私の為に、あなたたちまで危険な目に合わせて」
 「別に」
 「僕はカーについて来ただけだし」

 「でも・・・」
 「いいから、」
 「・・・え?」

 気が付けば、先程まで少し先にあったはずの黒髪がすぐ目の前に見えていた。焦点が合わないくらい近くに落ちているそれと、背中に回る手とで、今私が抱きしめられていると知る。

驚いて見上げてみると、黒曜石のような、深い黒をした瞳と目が合った。吸い込まれそうなその瞳に、なんだか赤いブレスレットをくれた彼のことを思い出した。


 「・・・それを大事にしてくれただけで、十分だから」



 ――――ああ、本当に、赤い紐には運命の人に会わせてくれる力があるのね。

なるほど、そういうことか、と考えて、細められた黒曜を見つめて、「いいから、」の続きを考えた。「いいから、・・・仕事だから」。
優しい悪魔さん。消えていく意識の中で、呼び掛けた声は彼に届いたのだろうか。






***






ピンポーン


 自宅のチャイムが鳴り響いて、訪問者の存在を俺に伝えた。読みかけの本に、栞代わりのチラシを挟み、立ち上がる。

・・・あいつじゃありませんように。
祈る対象もわからないままに、そっと扉を開くと、僅かな隙間に足のつま先がガッと入り込んで扉を閉められなくした。そのまま、どこにそんな力があるのかというほどの馬鹿力で扉が無理矢理に開かれる。全開にされた扉の向こうで、憎たらしい童顔が満面の笑みを貼付けて俺に追い撃ちをかけた。

 「久しぶり、ゼロイチ」
 「ゼロイチって呼ぶな」

 最早反射になりつつある台詞をたたき付け、「何の用だよ」とその男を睨みつける。もちろん奴・・・火冬は、そんなものには怯まずに、後ろ手に持っていた紙袋をすっと差し出して来た。

 「はい、ゼロイチ。ドイツ帰りのお土産。ドイツで買った訳じゃないけどね」
 「いらん」
 「つれないなあ」

形だけの苦笑を漏らし、彼は続ける。

 「そんなこと言わずに、貰ってよ。ゼロイチの大好きなものだからさ」

大好きなもの。
そう言われて思い付くのは嫌な可能性ばかりだ。紙袋は無臭だから、前のように里芋料理詰め合わせとかそういうことはないはずだが。さて、何だろう。

にやにやと嫌な笑顔に圧され、渋々紙袋を受け取る。意外と重さがあった。ゆっくりと開いたその中に詰め込まれているものを見て、俺の予想はまたしても的中したのだった。


 「・・・何だ、これは」
 「見てわかんない?ガラス細工」


好きでしょ?と意地悪く笑う彼を、否定はできない。実際に、最近あることがあって以来集めているものだからだ。
しかしその「あること」は思い出したくもない事件な為、考えないようにしていたのだ。悪魔が契約詐欺にだなんて、そんなこと。何かの間違いなのだ。


 「本当に、お前ってやつは・・・」
 「友達思いでしょ?」
 「どこがだ」

こんなこと。嫌がらせ以外の何物でもない。


 それに。
ガラスを見て、思い出すのはガラスのダイヤや、契約詐欺の相手だけではないのだ。こいつはそれを知っているはずなのに。


 「懐かしいね」
 「・・・」
 「君と僕が初めて一緒にした仕事。"私が死ぬまでに、昔ブレスレットをくれてから姿を消した、あの人に会わせて"、だったっけ。その契約を結んだ瞬間に遂行もされてしまうなんて知らずに、ね」
 「・・・火冬」
 「君は彼女を哀れに思って、契約内容を書き換えたんだよね。"ブレスレットがその人を連れて来たら"って。そして、彼女の寿命まで待ったんだ」
 「火冬、やめろ」


 今でも思い出す。
初めての出会いは彼女の叔父に呼び出された時。使用人として彼女の家に仕え、契約を遂行している間に出会った少女。気まぐれで渡したブレスレットを、何年も持ち続けているような奴だった。そんな彼女に呼び出された時、その寿命の残量を知った。病気、だったらしい。
だからアヴァンスに次の標的として、彼女の家を薦めた。彼女の寿命が消えないうちに、会ってやりたかった。

あれでよかったのかはわからない。だけど、あの子は笑ってくれたから。



 「あの子、面白かったね。明らかに味方ではない僕らに、悲鳴も上げずに"誰ですか"、なんて」
 「・・・」
 「・・・」
 「・・・」

 「悪魔っていうのも、楽じゃないね」


火冬の言葉に返事ができなくて、俺は小さな相槌を返した。




優しい魔とダイヤモンド






時間軸が謎ですが、エンが来てからアヴァンスが死ぬまでの間に間があった、という設定で一つ

20110802

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