短編 | ナノ

 
 
 僕は目つきが悪いらしい。
小さい頃幼なじみのジュンにそう指摘された。僕は自分では気付かないうちに他人を睨んでしまっているようなのだ。そう言われてみれば、親戚の人にもそんなような感じで言われたこともあったかもしれないな。ジュンがその話題を出すまで忘れていたけれど、小さな頃そんな言葉を聞いた記憶がある気がする。


――コウキ、にらんでばっかりじゃこわいよ!

幼なじみの言ったその言葉に悪意はなかったのだろうが、それは僕が自分の目つきをコンプレックスに感じるには充分な威力だった。


 もしかしたら怖がらせてしまっているかもしれない。もしかしたらそれが原因で話し掛けてくれなくなる子がいるかもしれない。そう思ったら我慢ならなくて、小学校の中学年になる頃には常に笑顔を意識するようになった。
鏡を見て研究した結果、その顔が1番目つきが柔らかく見えると思ったからだった。


それからの僕は、今までよりずっと好かれるようになった。「コウキくんて優しそうだよね」、とさえ言われるようになった。もともと僕は(自分で言うのもなんだが)他人に親切な人間だったので、周りの言う優しそうだよねは次第に優しいよねに変わっていった。
いつの間にやら僕は、クラスで"優しい人"という称号を手にしていたのだ。



 「・・・コウキって、昔は結構キツイ顔してたよな?」
 「うん。でもさ、顔だけ見て誤解されるのって悲しいからね。外見が中身に合わせて変わっただけだよ」

 ジュンも初めこそ微妙な顔をしていたけれど、僕がそう言えば「なるほどな」、と納得してくれたみたいだった。「悲しい時は笑うなよ」とも言ってくれたけれど、僕だってそんな器用なことはできない。悲しければ泣くし、腹が立った時は(ほとんどないんだけど)ちゃんと怒る。僕はただ、何気ない瞬間の地の顔を少し柔らかく作り替えただけなんだから。

僕自身そっちの方が楽だったし、気分もそれなりに良かったから。みんなに好かれる自分を、僕も好きになれそうだと思った。

だから驚いたんだ。そんな風に言われることに。



 「私、その笑顔嫌いだな。造り物めいてる」


 一瞬、何を言われたのかわからなくて戸惑ってしまった。
嫌いだなんて、この顔を?造りとかそういうパーツの話ならまだわかるのだけれど、表情の方をなんて初めてのことだ(パーツの方も言われたことないけど)。というか、何でバレたんだろう。この笑顔が偽物だってこと。僕はうまくやれていると思っていたんだけど。


 「何で楽しくもないのに笑ってるの。真剣な顔してればかっこいいのに」


そんなことをジュン以外の人に、しかも女の子に言われるなんて思ってもみなかった。真剣な顔なんて小学生の頃から見せてないから彼女は知らないはずだけど。

作業をしていた手は完全に止まってしまって、彼女の一挙一動に集中する。瞳を縁取る睫毛がまばたきに合わせて小さく揺れた。


 「昔、友達に目つきが怖いって言われてさ。怖がらせないように、笑顔で隠してたつもりだったんだけど・・・」
 「怖い?」
 「睨んでるみたいだってさ、」
 「じゃあその顔を怖いと言う人の前でだけへらへらしてればいいじゃない。私の前でそんな顔やめてよ。気持ち悪い」


そう言う彼女は無感動な瞳で僕を見つめる。彼女は僕の作り笑顔を嫌いらしい。「やめてよ」というからには、本来の僕のあのきつい顔を見たいのだろうか。
・・・本当に?
今まで、見たこともないのに?


 「なまえさんは、怖くないの」
 「怖い訳ないじゃない」


訝しげに聞く僕に、彼女ははっきりと頷く。だから、その自信はどこから来るんだ。言い切れる根拠はどこにある。


 しかしすっぱりと思い切りのいい返事に、疑うよりはそんなに言うなら見せてやろうじゃないか、というからかいの気持ちになって僕はほう、と息を吐き出した。

ゆっくりと目元の筋肉を引き延ばしてほぐす。
久しぶりに力を抜いたから、顔が強張ってるのがわかる。今の僕は最高にぎこちないしかめつらをしていることだろう。だけどそれでもじっと彼女の瞳を見つめた。彼女は少し笑ってしかめつらの僕を眺める。


 「・・・本当に、怖くない?」


 小さく、でも確かに頷いた彼女に、何故だろう。なんだか無性に泣きたくなってしまった。
きっと今ならジュンにも言えるよ。「これが僕の顔だから」って。

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