「何してんのお前」
そう声をかけられたのはホドモエマーケットの真っ只中。モーモーミルクを売るおばさんの前でつい足止めてしまった瞬間であった。
人混みの中だったけれど、私の耳は勝手にその声を拾ってくれる。ついでに分かってしまう。聞き慣れてしまったその声の主も、その呼び掛けが私に向けられたものだということも。
返答がなかったことに機嫌を悪くしたのだろう、声の主は分かりやすく口調を荒らげて再び声を上げる。
「ねえ。何してんのって言ってんだけど。耳ついてる?」 「わっ!・・・と、トウヤくん」
振り返ったら思った以上に彼との距離が短くて、つい声を上げてしまった。 彼、トウヤくんはそのことに関しては全く意に介さず、焦りまくる私の顔を覗き込んで「買い物?」と尋ねる。 ・・・だから、近いってば。
「うん、ママにおつかい頼まれて」 「へえ」
それで会話は終了だ。 彼も用事があるのだろうし、話題も特にない。
私は普通にお店のおばさんに「モーモーミルク1ダース」と告げ、渡された箱入りの瓶を腕に抱える。12本も入った箱はなかなか重いものだ。両腕にずしりとした感覚を覚える。
これはちょっと失敗だったかもしれないな。荷物になるものは最後に買えばよかった。まあ後の買い物は一ヶ所だけなので何とかなるだろう。そう考えて歩き始める。
・・・と、背後の気配も同じように動くのでびっくりした。てっきり、彼もモーモーミルクが欲しいのだと思っていたのだ。
私は立ち止まって振り返り、同じく立ち止まっていた彼におそるおそる問いかけてみる。
「もしかして、ついてくるの?」 「なに、ダメなわけ?」 「ううん、ダメじゃない、けど・・・」
にわかに機嫌が悪くなるトウヤくんに、返答が濁ってしまった。 別にダメではない。ただ、私が落ち着かないだけだから。 だけど、私の目の前で「ならいいじゃん」なんて気楽そうに言うトウヤくんはもう少し私の気持ちというものを察してくれてもバチはあたらないと思います。
「なまえ、買い物は?あと何が残ってんの」 「あ、どくけし・・・」 「どくけしね。あそこの店だな。さっさと行って帰るぞ」 「え、あ、」
もしかして、帰りも一緒のつもりなんだろうか・・・。戸惑う私の気持ちなぞいざ知らず、トウヤくんはもう既に歩き出しかけている。
「ちょ、と、待って」
当の私は、手の中の瓶たちに邪魔されて咄嗟に動けなかった。 本当に失敗だ。どうして最後にしなかったんだろう。なんて、今さら考えても遅いけれど。
立ち止まったままの私を見かねたのか、トウヤくんは私の方へ歩み寄って来た。そして。
「しゃーないな。ほら、貸せ」 「え、」
私の手の中から重量が取り上げられた。
「?何。どくけし買うんでしょ?行かないの」 「あ、行き・・・ます?」 「ぶっ。何で疑問文だよ」
私の腕から買い物を取り上げた彼は、私の煮えきらない返答に吹き出してから歩き出す。私も今度は遅れまいと慌ててその隣に並んだ。 トウヤくんの抱える箱の中で、モーモーミルクの瓶がカチャ、とぶつかって音を立てる。私の心臓もつられてひとつ鳴った。
「トウヤくん、」 「なに」 「あの、ありがとう」 「・・・どーいたしまして」
彼は小さくそう言って、ふいと目線を反らしてしまう。私はその隣で高鳴る心臓を落ち着けるため、深く深く息を吸ったのだった。
二人並んで市場を歩く私たちは、周りからどう見えているのだろうか。
20111008 トウヤの日!
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
戻る |