短編 | ナノ

 
 
 「…またあなたですか」

 ウンザリとした、という表現がよく似合う口調でそう言ったベビーブルーの髪の青年。私はその透けるようなブルーににっこりと笑いかけ、腕に抱いていたポケモンをすっと差し出す。小さなか弱い声を上げてそこに収まっているのは産まれたばかりのシビシラスだ。青年は一瞥し、更に増した不快感を顕にした。

 「次はシビシラスですか」

私は胸を張って「はい」と答える。

 「憧れだったんです、ギアステーション産まれのシビシラス」

この子を育ててシビルドンにするんです、とシビシラスの頭を撫でて幸せに笑ってみせれば、彼はそれと真逆の表情でこちらを見、小さくため息をついた。


 「…それ、この間も言ってましたよね。キバゴを連れてきた時に」
 「だから今度はキバゴじゃなくてシビシラスじゃないですか」

そういう問題じゃないんですよ…と、最早彼は突っ込むのすら面倒くさそうに言って少し髪をかく。淡い柔らかい髪が形のよい頭の上で少しだけ、くしゃりと乱れた。

 「というか、ギアステーション何周もしてましたよね。何度か目合いましたよね」
 「ね。多分4周目と8周目と13周目です」
 「そんなのいちいち覚えてるんですか」


 彼はもう一度、今度はもう少し大きなため息をついて「いいから見せてください」とシビシラスに手を伸ばす。何だかんだで仕事はしてくれる様子である。


 「このシビシラスは相当優秀な能力を持っている、そんなふうにジャッジできます」
 「ふーん…」
 「ちなみに一番いい感じなのはとくこうですね。すばらしい力を持っています」
 「とくこう、ですか」
 「ヒトモシと戦えば上がりますよ」

呆れ果てた顔を引っ込め、営業スマイルを浮かべて青年はシビシラスを私に返してくれた。私は「ありがとうございます」と言いながら素直に受け取り、シビシラスをボールにしまう。
その、小さくなったボールが腰に着けたボールホルダーに戻されるのを待ってから彼はぽつんと一つ投げ掛けてきた。髪と同じ、淡いブルーの瞳が私を映して揺らめいた。

 「…ノボリさん達の手持ちを全部育てるつもりなんですか?」
 「え?」

 不意打ちに思わず聞き返してしまった。
そんなことは考えたこともなかったのだ。ただ、彼らが使っていたポケモンが強くて、憧れて、いいなあと思ったから捕まえて、どうせならとギアステーションで孵化させてみただけ。それ以上の深い理由などなかった。
しかし、改めて考えてみればその提案はなかなか魅力的なものに思われ、むしろ楽しそうだ、とさえ感じさせた。全く同じポケモンでバトルをしたら2人もきっと驚くことだろう。よい考えだとにやにや緩んでしまう頬を押さえつつ相槌を返す。

 「そうですね、それもいいかもしれません」

神妙に頷いて見せる私をどう思ったか、彼は苦笑を浮かべて見下ろした。少し長いベビーブルーがさらり、と彼の白い頬にかかる。日がな一日こんな地下にいるものだから日焼けひとつしておらず、紫外線を受けていない肌は下手すると女の私よりも綺麗だった。背もすらりと高いから、立ち姿を見るとどこかのモデルみたいだ、と常日頃思っていたのだが、全くその通りであると改めて感心する。彼なら、たとえジャッジの職を解かれたとしてもカミツレさんの紹介があれば一瞬で仕事を得るだろう。

 そんなに整った容姿なのにそこまで突出して目立たないのは、一重にこのバトルサブウェイのボスたる双子が目立ちすぎるからだ。それは最早舞台の差というか、あの2人の前に出ればいくら彼が綺麗な顔をしていたって背景に埋もれるモブキャラクターの仲間入りをしてしまうという、そういうものだ。でもまあ、それは仕方ないか。白黒の彼らを思い出して何となく笑いが込み上げた。


 「ビックリするクダリさんとか、面白そうですね」
 「…レアですね」
 「でしょう。いつも驚かされてますから、たまには脅かしてやらないと」

それだけ言って会話がなくなった為、「今日はありがとうございました。またよろしくお願いしますね」と笑顔を添えてそそくさと身を翻した。「またですか」などと呆れられた手前、あまり長居するのも悪い気がするし、先ほどのアイデアを早速実行に移してみたいという気持ちもある。ここは会話を打ち切って育て屋さんに直行すべきだと思ったのだ。
しかし。


 「…なまえ、さん」

 小さく名前を呼ばれ、数歩進んだところから振り返った私の視界は、自分を呼び止めた彼の、その綺麗な顔にバランスよくふたつ並んだ淡いベビーブルーが僅かに揺れているのを認めた。だけどあえて気付かないふりをして、「何ですか」と首を傾げる。彼はそれに答えて何かを言おうとしたが、やがて諦めたように首を振り、柔らかい笑みを浮かべてこう言った。


 「次は、モグリューですか」

苦し紛れのようなその問いに、私も「そのつもりです」と何でもないような笑みで返事する。

 「そうですか」
 「はい」
 「またギアステーションを走り回るんですね」
 「そうなりますね」
 「気をつけてくださいね」
 「はい」
 「……では、」

改めて見送ってくれようとする彼に、今度は私が口を開いた。

 「ジャッジさん」
 「…はい」

そして一言。


 「いつか、ジャッジさんの好きなポケモンも教えてくださいね」



 その、言葉を聞いた彼は少し目を見開き、それからへにゃりと、少し力の抜けた笑顔で頷いて見せた。




ベビーブルー・アンダーグラウンド




20111218

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