短編 | ナノ

 
 
 付き合って初めてのデート。当然ながら相手は大好きな人なわけで、それならば緊張するのも仕方がない。むしろしない人なんているのって感じで、何というかお決まりの、別に珍しくも何ともないありふれた話。

例に漏れず私も最近付き合い始めた紀田くんとの初デートへ臨むところでして、約束が取り付けられたその日から暇さえあればどこへ行こうとか何をしようとか、脳内シュミレーションに余念がなかった。変なことをして引かれないかな、嫌われる行動をしてしまわないかな、なんてことを平気で何時間でも真剣に考え込んでしまえる。初めてのデートって恐ろしいやつだ。


 独断かもしれないけれど、デートのときに一番困るのは食べ物だ。ただの食べ物とあなどることなかれ。メイクや服に気合いを入れた女の子にとって、直接口に入れる食べ物というのは意外に重要なポイントとなるのだ。せっかく気合いを入れて身なりを整えた日、食べ物なんかで外しを引きたくない。だから真剣に考える必要がある。

しかし、これが意外に難しい。なかなか初デートで食べるにふさわしい食べ物が思い浮かばないのだ。
汁物は服に飛んだら嫌だし、パスタはニンニクが使われているときがあるし、ましてやカレーなんて論外。口が臭くなって、ガムで取れなくなる可能性がある。じゃあ何にするのか、と考えたとき、やはり初めに浮かぶのはファーストフードになってしまって自分の知識のなさが恨めしくなった。せっかくのデートなのに、そんないつも通りの店に行くのは何とも色気がないではないか。

「露西亜寿司…は、高いしなあ」


これはダメ、あれもダメ…と次々に却下されていく案。結局何も決まらないまま、無意味にも日々は過ぎていくばかり。とうとうデートの当日になってしまった。

どうしよう、と思った。紀田くんは優しいから、多分ご飯の時間になったら私に何がいいかと聞いてくれるだろう。それで返事が「何でもいい」とか、そんなの一番困るよね。どうしよう。彼を困らせたくない。だけど上手い答えを私は持っていない。だからどうか聞かないで、と祈ってみるもしかし、私がそんなことを考えているとは知りもしない紀田くんは予想通り昼食前に尋ねてくれるのだ。


「そろそろ昼だけど、なんか食べたいもんとかある?」

当然、あれだけ考えて未だメニューが決まっていない私には答えられるはずもなく。たっぷりの沈黙の後、泣きそうな思いで最低と分かっている返事を返すことしかできない自分が情けなかった。

「えっと、ごめんね、なんていうか…思いつかないの」


ああ、言ってしまった。せっかく気遣ってくれたのに。
困らせてしまったかな。自主性のない子だと思われたかな。面倒な子だと呆れられていたらどうしよう。もしかしたらこんなジメジメした奴だったなんて、って嫌われてしまったかもしれない。
しかし彼は私の頭の中で繰り広げられていくネガティブな思考に終止符を打つかのように「そっか」と笑ったのだ。


「じゃ、俺のおすすめでもいい?」

それは呆れや蔑みなど一切感じられない、いつもの笑顔だった。気にしてないよ、なんて言葉にもせず、彼は私に伝えてみせるのである。


「う、うん」

すこしどもりながら頷く。あっさりと引き下がってくれる彼の態度が素直にありがたかった。

だけど、紀田くんのおすすめって一体どんなとこなんだろう。おしゃれで世慣れしているとはいえ、紀田くんも男の子だ。私の考える条件にあてはまるお店かどうかは分からない。自分で答えなかったくせに図々しいとは思うし、紀田くんのイメージ的にがっつり系のお店ではないだろうとも思うけれど。すこしびくびくしながら、彼のセピアの髪を追った。



***


「―――ここだよ」

それから少し歩いて、連れてこられたのは通りのはずれの方にある喫茶店だった。おしゃれな雰囲気のお店で、なんとなく紀田くんがいるのがしっくりくるような内装だ。とりあえずファーストフードなどではなかったことにほっと息を吐いて入り口をくぐった。

ふたりで向い合せに座って、店員さんがテーブルの端に持ってきてくれたメニューを開く。さて、どんなメニューがあるだろうか?


「…ここならメニューいっぱいあるし、香りが強い食材とかあんまり使ってないから」
「え、」

ずらりと並んだ商品名に目を遣った瞬間、ぽそりと投げられた言葉。まるで私の思考が読み取られたかのようなセリフに慌てて顔を上げたら、そこにはいたずらっぽく笑った彼の目があった。


「女の子はそういうの気にするもんだって、女友達が言ってたから」
「…」


―――お手上げだ。

私は居たたまれなくなって勢いよくメニューリストの方へと顔を俯ける。頭上からはカラカラと笑い声交じりに彼の声が降ってきて、熱くなった顔に更なる温度上昇を促した。


「ちなみに俺のお勧めはオムライスかな」
「…ずるい」

それが限界だった。

紀田くんは私の気持ちを揺さぶる天才なのだ。安心させたり不安にさせたり嬉しくさせたり恥ずかしくさせたり、お手の物。すこし悔しいけれど、それを心地よく感じている私がいるのもまた事実だから、私はこれからもずっと彼に敵うことなんてないんだろう。

初デートの記念だと言ってごちそうしてくれたおすすめのオムライスはおいしくて、やっぱりずるいなあとくちびるを噛んだ。



オムライス記念日
20120508

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