短編 | ナノ

 
 
「今日のカレー、作ったのなまえでしょ」

 スプーンですくったそれをぱくりと一口食べてのち、ユウキくんはいとも簡単に言い当ててみせた。


***



 週に一回、おとなりのユウキくんはうちに夕食を食べにやって来る。子供の頃、物心ついた頃からずっとだ。そうなったきっかけは忘れてしまったのだけれど、多分うちのママが誘ったんだと思う。ママは料理をするのが好きで、他人に料理をふるまうことも大好きな人だから。
そんなわけで今でも続いているその習慣、今日は前回ユウキくんがうちに来てからちょうど1週間め、つまりユウキくんがうちに来る日であった。しかしママは今朝になって突然仕事が入り、家を空けることに。忙しいママの代わりにと、私はユウキくんへの伝令を仰せつかったのだった。これまでにだってママの急用で夕食の約束をキャンセルすることは何度かあったし、ユウキくんに伝えれば私の仕事はあっさりと終わるはずであった。

だが、今日の私はそれをしなかった。
ママの代わりに夕食のカレーを作り、何事もなかったかのようにユウキくんを家に迎え入れ、ママはついさっき急用で出て行ったと嘘をついたのだ。何故わざわざそんなことをしようと思ったのかは自分でもよくわからないが、おそらく今日の日付に関係があるのではないだろうか。めくりたての4月のカレンダーで、免罪符のように赤く染まった「1」の文字。年に一度の嘘をつくためのイベントに便乗したユウキくんは、家に入ってくるなり「チャンピオンのダイゴさんが実は女って知ってた?」なんて見え見えの嘘を投げかけて来たりもした。


「だからこれ、なまえが作ったんでしょ?」


 私の嘘の塊を前にしたユウキくんは、先ほど私が彼の嘘を指摘した仕返しだとでも言うようにまっすぐに私を見つめてくる。しかしその間にもカレーを口に運ぶスプーンはせっせと動いていて、きっとママがここにいたら「食事中に喋らない!」なんて叱り付けるんだろうな、なんて頭の隅で考えた。うちのママはマナーに厳しくて、よその家の子でも容赦しないのだ。
でも、このカレーを私が作っていないなんて、なんでそんなのわかるんだろう。私のカレーはママに教わったものだから、味はほとんど同じだと思うのだけど。不思議に思いつつも、とりあえずは誤魔化してみることにする。


「…さっき言ったよ。ママが作っていったやつだって」
「嘘つき」
「嘘じゃ、ない」
「強情だなあ」


―――手。
尚も醜く言い募る私に、ユウキくんは一文字だけを口にした。言うだけ言って後はガシガシと、ルーの中に埋もれるにんじんをスプーンで半分に割っている。

「え?手がなに?」

言われた私はカレーのスプーンを握る自分の手を見遣る。そこには見慣れた手の甲があるだけで、私の嘘の証拠など見つからない。まさか手の臭いで分かるだなんて言い出すわけでもないだろうし、ならば一体彼の言わんとすることは何だ。理解不能であるということを隠そうともせずに首を捻って見せれば、少し目を細めた彼は「爪だよ」と更に言い繋いだ。

「マニキュア、剥がれてる」


 言われて見れば、今朝まで確かにそこを隙間なく彩っていた赤がところどころ剥がれ落ち、元々の色のピンクが覗いていた。これを塗ったのはつい昨日のことだが、今日の食事の準備をしている間に剥がれたのだろう。昨日トップコート塗り忘れたのかもしれない。マニキュアの色が色だけにかなり悲惨な光景だ。
いや、そんなことよりも、いくら小さい頃からよく知っている相手とはいえ仮にも客人に出す料理をマニキュア付きの指で作ってしまった、ということの方が問題だろう。マニキュアは口に入れるためには作られていない。そんなものを塗っての料理なんて、衛生上良くないに決まっているのだ。
そこまで気づいて冷や汗を流す私を眺め、ユウキくんはふ、と小さく笑い声を漏らす。


「マニキュア入りカレー、ごちそうさま」

いつの間にかスプーンを置いていた彼は、意地の悪い笑みを浮かべて手を合わせた。


20120401

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