短編 | ナノ

 
 
※ゲーム未プレイ時に書いたもの故教室の位置がおかしい




 土曜日の学校は、普段の喧騒が嘘であるかのように静かだった。玄関をくぐり、上履きに履き替えて図書室へ向かう間にも廊下に響くのは私の足音だけ。いつもと違う表情を見せる校舎にえもいわれぬ特別感を感じる。

――家では誘惑が多すぎて勉強出来ないから、学校でしたい。
そう申し出て数日、私の願いは叶えられることとなった。土日の学校解放という形で、だ。表面上は誰でも自由にということだったが、多分図書室に来るのは私だけであろう。私はそう確信していた。
総体前のこの時期では大抵の者がまだ部活を引退していないし、仮にしていたとしても学校へ来るのは友人と約束したりした数人だけと思う。そしてその数人も、おそらくは図書室ではなく教室へ行く。何故ならそういう数人は十中八九ただワイワイ騒ぎながら勉強したいだけの人たちだからだ。

 静かな図書室を貸し切りで使えるなんて、塾の自習室なんかとは比べものにならないくらい豪華ね。
歩を進めながら、特権身分はこれだから止められないと1人笑いを漏らした。グロスの塗られた唇から漏れるそれが乾いたものであることには自分でも気付いてはいたが、そうでもしないとやっていけそうにない。思い出すのはこの間職員室で交わした担任との会話だ。

――学校推薦を断ったって、どうしてそんなことを?お前なら十分狙えるだろう?
――そんなことないです。私問題児ですし。推薦なら他の人でも大丈夫でしょう。内申だけなら私よりいい人だってたくさんいますよ。


 勿体ない、せっかくのチャンスなのに…。担任は言ったが、それは買い被り過ぎだ。私は確かに成績がいいけれど、他には何もないというのに。勉強ができる、ただそれだけ。面接だってあまり得意じゃないし、あの高校の志望理由を聞かれたって、考えたこともないから答えられない。強いて言うなら担任が行って欲しい有名進学校だってことくらい。
それに、勉強だけでも大変だというのにその上面接の対策やら何やらしていたのでは自分の自由時間が確保できないではないか。そんなのは、いくら捨てるのが勿体ない選択肢だったとしてもごめんだ。


 私にはやりたいことがたくさんある。雑誌を読んだり髪をアレンジしたり服のコーディネートに頭を悩ませたり。本やマンガも読みたいし、たまにはテレビやゲームだって。唇の色が薄いのが悩みだから色つきのリップは欠かせないし、高校生になったらアイシャドーやマスカラも使いたいと思っている。だけど、それらやりたいことを全部叶えるためには大人の許しが必要だ。学校では先生の、家では親の。
そしてその許しを得るには賢くなければならない。大切なのはじっくり考える力やら個性やらと大人はたくさん語るけれど、結局のところ彼らにとって100点を取る子が賢くて0点を取る子は困ったちゃんなのである。だから困ったちゃんは干渉され、賢い子は放任してもらえる。私はそれを知っていた。

私は子どもだけど、保護なんかいらない。干渉はごめんだ。保護なんてそんなもの、将来生きていく上で何の役にも立たない。私をずっと守ってくれるのは、自分自身で得た結果だけなのだ。



***


 図書室には予想通り誰もいなかった。正真正銘貸し切り状態だ。
ほ、と息を吐いてお気に入りの窓際の席に座ると、目につくのは窓の外に広がるグラウンド。眩しい黄色のユニフォームが視界に飛び込んでくる。…ああ、あれサッカー部のグラウンドか。サッカー部にはそこまで親しくしている人はいないけれど、顔を知っている程度の人なら何人かいる。ここから見えるかな。
…なーんて言ってるそばから天城くん発見。大きいからすぐ分かった。彼はグラウンドの隅に立ち、何かを一心に見つめているようだ。そんなに一生懸命、何を見ているんだろ。気になって視線を辿れば、ゴールに小さい男の子が立って何やらシュートを受けている様子。ふうん、あの子がうちの学校のキーパーなのか。知らない子だから多分2年生か…1年生。身長的に1年生な気がする。違ったらごめん、頑張れ1年生くん。1年生なのに皆に注目されてるなんてすごいね。
あんな小柄な子が受け止めるのならば、蹴るのはどんな奴なんだと何となく気になって視線をずらす。やっぱり見知らぬ顔が並ぶ列の、その先。黄色の並びに1人だけ異色が混じっていて、思わず息を飲んだ。


 「…みなみさわ?」

それは、忘れようもない。数ヶ月前、私の生き方にケチをつけてきた男だった。


 彼とはあの一度しか話したことはない。しかし私が完全なる本音で会話したのはクラスで、いや学校中でもあいつだけなのである。そういう意味で、あいつは多分私にとって特別な存在だった。

あれから教室で見かけはしたが、お互い気まずく、話しかけるようなことはなかった。おまけに何があったのかは知らないが、彼は何の前触れもなくある日突然転校してしまったのである。後から部活が原因だと噂に聞いたが、彼の真意は私に理解できるはずもない。
ただ、彼との関わりは完全にゼロになり、つくづく奴とは価値観が合わないらしいということは分かった。それだけのこと。


 「さてと」

 グラウンドから視線を外し、ノートに向かう。そろそろ勉強をしなければいけない。先生に大口叩いた手前、一般入試で落ちたらかなりカッコ悪いしね。

しかしやはり気になって、ついついグラウンドへと目を向けてしまう。どうやら家だけではなく、学校にも誘惑はあったようだ。これは誤算だった。
キーパーの練習は終えたのか、小さな1年生を囲ってたくさんの黄色が騒いでいた。それではあいつは、と探すと、…あ、いたいた。黄色のユニフォームを着た数人、天城くんと三国くんと車田くん、にもみくちゃにされる南沢。さすがに声までは聞こえないが、笑っている、ように見える。

あんなに楽しそうなら気付かれまいと安心して盗み見ていたのだが、奴は騒ぎつつもある一瞬、こちらを見た……気が、した。から、慌ててパッと視線を逸らす。私が見なくても向こうからは見えていて意味がないのだけど、気持ち的な問題でそうせずにはいられなかった。


そうだ、…勉強だ。勉強しないと。また目が合うかもしれないと思うとグラウンドに目をやることもできず、集中することで雑念を外に追いやる。自分で言うのも何だが、集中力や物覚えはそこそこ悪くない方だ。まあ、だからこそこういう方法で自由を得たわけだが。
静かな図書室に、私が文字を書く音だけが響く。かりかり規則的に動くピンク色のシャーペンは、この間文具屋で買った私のお気に入り。勉強が少しでも楽しくなるように、文具には気を使う方である。


 「…」

 しらばらくしてから後、ふいに聞こえた図書室の扉の開く音。
そっと見遣ったグラウンドに異色はなく、元の通りの黄色と青で埋め尽くされていた。…何となく予想はできていたから、驚きはなかった。

 「…部活はもういいの?」

グラウンドを眺めながら背中に問い掛ければ、既に懐かしくなった声が返事を紡ぐ。


 「俺は手伝いに来ただけだしな」

にしても、休みの日だってのによくもまあ。呆れた声に振り返れば、思った通り。先ほどグラウンドに見た紫色が笑っていた。黄色と青のユニフォームじゃなく、黒色のユニフォームを着た姿で。

 「いいでしょ別に。トップ校行って、トップにでも何でもなって、校長にご機嫌取りしてもらうのよ」
 「は、相変わらずだな」

苦笑混じりに言った南沢は、「あ、そういや」と言い繋ぐ。こちらを向くから目が合った。

 「俺も志望校決まったぜ。お前と同じとこ。推薦で」

なんて自信満々に言う。彼はさすが、転校しただけのことはあって新しい学校でも信頼をもぎ取れたらしい。真面目な奴だったからな。

 「ふーん。まあ南沢は面接得意そうだし、内申もいいから行けるんじゃない?」
 「…偉そうな奴だな」
 「南沢もかなり偉そうだけど」
 「まあ否定はしねえよ」


 腹立たしい、意見の噛み合わない南沢。だけど私には必要な存在。
私だって、たまに勉強するのがバカらしく思えてくるのだ。そんなに好きじゃないことを頑張る意味なんかあるのかって。だけど、そんな時こいつを思い出せば不思議とやる気になる。
きっとそれは彼と私が全く違う道を信じているからだろう。保証ある安定を求める彼と、保証ある自由を求める私はお互いに理解し合えなくて、だからこそ自分の道の正しさを相手に証明したい。だから私は南沢に言い切ったことには失敗できないし、同じように相手も必ずやり遂げるのだ。そんな意味で、私達は多分お互いに特別な存在。永遠のライバルで、お互いの理解者になれるんだと、思う。


 「先に受かって、みょうじが来るの待っててやるよ」
 「それなら入学式で見つけて。新入生代表でステージ上がる予定だから」

そういうことだから、私たちは相手に挑み続けるのだ。叶うかどうか自分でも分からない目標を掲げて、約束して。


 「…ああ、そうだ、人待たせてんだ。そろそろ行く。じゃあな」
 「うん、またね」

だってこいつに宣言したら、がむしゃらにでも叶えるしかなくなるでしょう。1人の時よりずっとずっと頑張れるでしょう。現に今、私の心の中はやる気に満ち溢れているんだから。

 ピンク色のシャーペンを再び握る。活気あるグラウンドの誘惑も、今度は気にならなかった。


20120219

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