短編 | ナノ

 
 
 今日、同じクラスの山本くんからホワイトデーのお返しだという小さな箱を渡された。彼は律儀にも、私が1ヶ月前のバレンタインにチョコレートをあげたことを覚えていてくれたのである。
私の好きなピンク色のリボンのついたその箱の中に入っていたのは、これまた私の好きなバタークッキー。とても美味しそうだったから帰って食べるのが楽しみだ。おいしい食べ物を貰えるのは純粋に嬉しいし、数多くあるホワイトデーのお菓子の中からバタークッキーをチョイスした山本くんのセンスは素晴らしいと思う。だからそれをくれること自体は別に構わない。構わない、のだが…。問題はその品物だった。


 私は確かにバレンタインに山本くんにチョコレートをあげた。そのことに偽りはない。ただ、それはクラスの女の子たちに作って来た余りをタッパーの中からつまんでもらったという、その程度のことなのだ。そのチョコレートも消しゴムほどの大きさしかないものひとつだけであり、「バレンタインにチョコレートをあげたからお返しは当然!」と豪語できるほどの量ではない。…なのに。

手の中に収まるその箱には有名な洋菓子会社のロゴ。小さくともそれなりに中身は入っているし、多分普通に買えば何百円もするようなお菓子だ。ちっぽけなチョコレートひとつに、これはいくらなんでも豪華すぎる。3倍返しどころじゃない、軽く20倍の価値はありそうなお返しに何か落ち着かなくなった。最近買った雑誌で「ホワイトデーにきちんとしたお返しがあったら脈ありかも!」なんて記事を見たから余計に、だ。脈も何も、私は山本くんに本命チョコを渡したわけではないのだから関係はないはずなのだけど、一旦意識してしまうと根拠もない思い込みに取り付かれてしまうのだ。もしかして彼は私を、なんて自意識過剰も甚だしい思い込みに。


「……ダメダメ」

飲み込まれそうになる前に首を振って、そんな考えを追い払った。第一あんなクラスの人気者が、よりにもよって私なんかを好きなはずないじゃないか。


 冷静に考えてみよう。山本くんは野球部だ。偏見かもしれないが、スポーツマンは、とりわけ野球をしている人は礼儀正しいだというイメージがある。そのイメージに則って推測するに、彼の中では多分、貰ったから返す、という単純な図式が繰り広げられているのだろう。そうに違いない。それで無視できずにお返しを選び、あまりにつまらないものは買うことが出来なくてこんな高いものを買うに至った、と。そういうことにしておくのだ。そちらの方が、山本くんが私を好き説よりよっぽど説得力があると思う。

山本くんは律儀な人だ。だからきっと、私以外にも不相応なお返しを貰った人はいるはず。というかクラスの大半がそうなんじゃないかな。なんたって人気者だし、チョコレートならたくさん貰っているはず。そう思って近くにいたクラスメイトの女の子に山本くんにチョコレートを渡したかどうか聞いてみた。その答えは否。彼女はクラスの「大半」には含まれない人物らしい。

こちらからあげていなければ、いくら律儀な人でもホワイトデーにお返しはくれない。仕方ない、違う人を当たることにしよう。どうせすぐに見つかるはずだ。


 しかしその後も返ってくるのは「あげてないよ」の言葉ばかりで、さすがにクラスの女子の3分の1に尋ね終わった時には疑問すら感じていた。…おかしい。山本くんはクラスの人気者のはずではなかったのか。何故こんなにもあげた人が見つからないんだ。不思議なことに首を捻る。
こうなったらもう、最後の砦に聞いてみるしかない。彼女なら多分、間違いなく山本くんにチョコレートを渡しているはずだから。


「京子ちゃん」

 私の最後の砦はクラスのアイドル、笹川京子ちゃんだった。かわいくて人当たりのいい彼女は山本くん達のグループとも仲がいいし、バレンタイン当日には確か美味しそうなチョコレートをたくさん持って配っていた。彼女ならきっと山本くんにチョコレートを渡し、そしてお返しを貰ったはずだ。それなのに。


「ううん、あげてないよ」

彼女からの答えはそんなもので、私はついつい「ええ?!」と声を荒らげてしまう。だってそんな、どうして?確か沢田くんたちにはあげていたはずなのに、山本くんにだけ渡さないなんてアイドルらしからぬ行動だ。彼女が人によって扱いの差別をするなんて考えられないし、もしかして何か訳でもあるんだろうか。そう思って口を開く。


「え、何で?何かあったの?」

尋ねてみたら、京子ちゃんは「渡そうとはしたんだけど」と意味ありげに笑ってみせた。そんな顔もかわいかったけれど、私の頭には次の言葉が衝撃的過ぎてよくよく観察することはできなかった。


「山本くんには、断られたの。好きな子から貰えたから他のは受け取らないんだって」


…あれ、それってつまり?
そう考えて、出た結論に頬が少し熱くなるのを感じる。つまりあの雑誌に書いてあることは結構的を射ていたのだ、ということだ。



20120313

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