小ネタ | ナノ

 
 
 洗い物の泡のしゃぼんだまはふわふわゆらゆら、宙を漂って流しの縁にぶつかって消えた。食器用洗剤でできたそれは僅かな液体をわたしの手に跳ね上げて砕ける。それはあまりに日常的で、なんてことのない風景。
そんな中に取り込まれたわたしはふと、こんな何でもない一瞬の中で永遠に留まっていたいと思ってしまったのだ。


「…大人になんかなりたくないなあ」


 思わず溢れた、ぽそりと小さく呟いた言葉に、ダイニングテーブルでパソコンをいじっていた佳主馬くんが後ろからため息混じりに返した。


「何、急に」
「今思ったの」
「何で?大人の方がいいじゃん」

自分で何でもできるしさ、そういうのってよくない?佳主馬くんは言う。子どもは面倒くさくて窮屈だ。何もかも自分の責任で自由にできる大人がの方がずっといいに決まっている、と。

しかしわたしは思うのだ。大人になってしまえば今ある自由もなくなってしまう。それは些細なことなら何をしても大人が責任を取ってくれることで得られる、保護された自由であった。
子どもはその点でとても自由だ。宿題を忘れたって、学校をさぼったって怒られるだけで済む。これが大人ならこうはいかない。何をしたって責任責任責任。そこに自由なんかありはしないだろう。


「きっと大人の方が多分面倒くさいし窮屈だよ」


次々とのしかかっていく責任、重圧。全部自己管理の生活。果たしてわたしに、それが耐えられるのだろうか。…無理だ。耐えきる自信はない。


「あーあ、ネバーランドに行きたいな」
「…それ、何も楽しくないじゃん」


そんな人生はごめんだと、大人になりたい彼は言う。自分にとっては本気の夢なんだと、子どもでいたいわたしは言う。重ならない意見、進まない議論。


「難しいね」


 でもまあ、いいや。いくら佳主馬くんが大人になりたかろうと中学生は子どもだし、どれだけわたしが子どもでいたかろうといつかは大人になってしまう。どっちがいいかなんて、決めたって意味がない。


「あと6年はどうやったって子どもだよね」


わたしの手にしたお皿からまた、ひとつのしゃぼんだまが弾けた。


20120924


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