別れよう、と彼が切り出したのは1週間前、2人並んで歩く下校中の出来事であった。私はその言葉を聞いて、隣に立つその男の顔を呆然と眺める。そこでは少しつり上がった黄色い目が、いつものように笑っていた。
「…なんで?」 「何でも」
私たちは別段仲が悪かった訳ではない。ケンカだってしていないし、そもそも付き合い出したのだってつい最近。仲が悪くなる要素なんてできる暇もなかったはずだ。第一、告白してきたのだって向こうじゃないか。それがたったの数日でフるなんてなんて自分勝手な奴だ、最低だ。そう言って詰る私に彼は言う。「その通り、最低な奴なんで、嫌いになってもいいですよ」。鮮やかに笑って見せるのが苦しくて堪らない。
「…やだな」 「先輩」 「やだ」
私は自然にそう切り出していた。今までこんな風に彼に対して執着心を抱いたことなんてなかったのに、と自分でも不思議に思った。どうして今さら、と呆れるばかりだ。 いや、あるいはこの感情はもしかしたら、消えそうな関係が名残惜しくて起こっているだけなのかもしれない。再び手にしてしまえばまた何も感じなくなるのかもしれない。…だけどだめなんだ。私は今こんなに、こんなにも君を手放したくない。 そう思うのに、彼は揺らがない。いつもの意地悪な笑顔であっさりばっさり切り捨ててみせる。
「先輩ごめんなさい、でももう無理なんで」
一体何がいけなかったんだろうね。
***
それでも諦めきれない私は本当に無様だ。彼を失いたくなくて、すがって、いまここにいる。 彼の靴箱の前に立って、少し太めのマスキングテープをそこに貼り付けた。スカートのポケットから取り出すのは黒の油性マジックだ。蓋を開いて、その上に書き付ける。
――やっぱり君じゃなきゃだめなんです。苦しいんです。だから、――…そこから先は書けなかった。別れよう、と言われた私が、もうこれ以上彼を縛ることはしちゃいけないんだ。
マスキングテープを剥がす。それからもう一度、今度は短く破り取る。
「好きです」
未練がましい言葉を留めるピンク色のマスキングテープ。名前は書かなかったけれど、きっと彼には分かるはず。つくづくばかなやつだと、君は言うのだろうね。
私は知らない。靴箱を見た彼が私の執着心の塊を笑うこと。いとおしげにそれをそっと手にすることを。
「そうやってもっと、オレに執着したらいいんだ」
20120325
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