私には悩みがある。 それを知っているのは家族と幼なじみのコトネ、それから、同じく幼なじみのヒビキだけ。
それを自覚したのは幼い頃の話だった。どういう経緯か、ヒビキとは違う男の子と話す機会があって、私はその時泣いてしまったのだ。彼は必死に慰めてくれようとしたけれど私の涙は止まることなく流れ続け、ついにはママに抱きついて大泣きするなんて事態になった。
そう、私は先天的に男の子が苦手だったのである。先天的、と言うと少し語弊があるかもしれない。正しくは、「気付いたときには既に」だ。現にヒビキとパパは例外で平気なわけだし。それはもしかしたら絵本に出てくる男の子の描写が原因かもしれないし、背伸びして読んだ少女漫画のヒーローがあまりに身勝手だったからかもしれなかった。とにかくその時に私は男の子が苦手なのだと気付き、以来関わりを絶っている。それに関して不便だと思ったことは一度もない。今のままでも充分楽しいし、私は女の子の友達がとても多い。女の子は男の子に媚びない女の子を好ましく思う習性があるのだとコトネが言っていた。結婚もする気がないし、彼氏だって一生いらない。
「だから一生独り身かな」
そう言って笑えば、私の部屋で向かいの席に座る幼なじみ――ヒビキは驚いたように目を見開いた。今日はコトネがいないから、うちに遊びに来ているのはヒビキだけだ。その彼はしばしの沈黙の後、そっとこちらを窺うように口を開く。
「……本気?」 「うん。本気」
だって無理じゃない?話しただけで泣いちゃうしさ、手なんか触れた日にはきっとじんましんだよ。そんなので結婚できるわけないじゃない。 そう言ったら、ヒビキは手を伸ばして私の指先に触れてみせる。少し骨ばった少年の手が、私の人差し指を包んだ。
「…出ないじゃん」 「だってヒビキは大丈夫だもん」 「なに、僕は男じゃないって言いたいわけ」 「え、ヒビキ女の子だったの?」 「………もういいよ」
うんざりとため息をついた彼は手を放し、先ほどママが運んできたオレンジジュースのストローをくわえる。それは何度も遊びに来るうちに分かった、彼の好物である。噛み癖のある彼はそのうちにストローをがじがじと噛み始めるのだが、それも小さい頃から変わらない。そういう行為たちが私を安心させるのだ。
「…なんか、家族って感じなんだよなあ。ヒビキは」
しみじみと呟いてみた。小さな頃から一緒の幼なじみ。多分パパと同じで、とても近いから私の恐怖の対象から外れているんだ。ヒビキはきっと張り巡らしたバリアーの内側にいるんだろうね。うん、それってなんか家族みたい。
しかし彼はそれを聞いて顔をしかめるのだ。私にはそれで何が不満なのか、分からないけれど。
「結婚相手ってさ、」
20120219 ここで詰まった
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