※怪奇譚「ソラチルサクハナ」のネタバレを含みます。
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その子は"笑わ"なかった。高校の入学式を終えてから数日、クラスにもグループなるものが出来上がってきたというのに、彼はどのグループにも属さずにいた。否、その言い方では語弊がある。彼は"決まった"グループには属さなかったのだ。つまり、全てのグループの人と親しくしていた。一見八方美人のようにも思えるが、彼を嫌う人は少なくともこのクラスにはいないと言える。理由は推測することしか出来ないけれど、人当たりのいい、だけどどこか儚げで不思議な、年の割に大人びた彼に皆は憧れに近い何かを感じていたのかもしれない。 だけど。
「―――椚くん」 「何?ミョウジさん」
だけど私は、儚く笑う瞳の底に眠る黒いものに気付いてしまった。真っ黒な、重いなにか。それが彼を包んでいる。 私はその正体を知り得なかった。だけど釣られて私まで不安にされてしまった。
「あの、何か困ったこととか…悲しいこととか、あったら言ってね。私、何もできないかもしれないけど、聞くぐらいならできるから!」 「ありがとう、何もないよ」
彼は語らない。何も。私に相談することは嫌なのかもしれないし、もっと深い事情があるのかもしれない。彼は泣かない。心から笑わない。心をどこかに置いてきてしまったみたいに、曖昧な表情を浮かべるだけだ。
泣けばいいのに、と思った。泣けないのかもしれないとは考えなかった。そういう考えは浮かばなかった。 涙は楽だ。流すだけで気持ちが落ち着くから。高ぶった感情も、どうしようもない苛立ちも、突然湧いてきた悲しみも、水分と一緒に全部流してしまえるから。だけど、そのぶん涙は疲れる。2日かけて癒す気持ちをわずか20分で無理矢理に宥めてしまうんだから、当然といえば当然だ。私は悲しみからの脱却の、ショートカットの手段として涙を利用する。2日ぶんを20分で流しきる。 それならば泣けない彼は、何年分の悲しみを閉じ込めたのだろう。
卒業式でも彼は泣かない。その程度の出来事では彼の気持ちに波紋を立てることは出来ない。私と彼との付き合いは短すぎたのだ。3年なんて期間では彼の黒いものを一緒に背負う権利は与えられないのだ。
これから彼がどうするのかは知らないけれど、いつかは彼の黒いものも消えてしまえばいいな。私じゃ無理だったから、まだ見ぬ他の誰かに期待する。いつかきっと、彼の生きていく先のどこかに、幸せな何かがありますように。
涙に溺れた淡水魚 20120205
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