会うのが長年の夢だったポケモンが、ついにこの街に舞い降りた。美しい金色の翼、神々しい姿。言い様もなく素晴らしいその事実。まさに文句の付けようのない吉日であった。…唯一嘆くべきは、それを見たのが自分ではなく、何の前触れもなく現れたうら若き少年であったということのみで。
「……ヒビキくん、か」
そんな気はしていたんだと自分を誤魔化してはみたけれど、どうして自分でないのだという気持ちがなかったと言えば嘘になる。こんな僕だから、ホウオウにも選ばれなかったのかな。
もう何度も通ったスズネのこみちで、かつてこの先にいた、今はもういない夢の存在を思ってぼんやりとすれば、後ろで第三者の足音がした。ここに入れるのは選ばれた者だけだ。最近では僕と彼と、それからあと1人。
「やっほー」 「……ナマエ」
少し笑って片手を上げてみせるナマエはいつもと変わらない様子で僕の近くまで歩いて来た。足元でちょろちょろと忙しなく動くエイパムをたしなめ、僕の目の前に立った。「いい天気だね」と僕も笑えば、つまらなさそうな顔をする。果たして彼女は聞いているのだろうか。僕が夢を叶えるのに失敗して、こんな所でやさぐれていることを。
「…もっとしょげてるかと思ったのに。つまんないな」
どうやら、聞いていたようだ。誰からだろう。多分、うわさ好きのイタコさんとかそこらへんだと思うけど。
「ヒビキくんに聞いたのよ」 「……ああ、」
そっちか。そういえば彼女は彼とも仲が良かった。聞いてみれば、偶然カントーの方で会ったらしい。
「せっかく、貴重なマツバの落ち込みを拝みつつ、気が向いたら慰めてあげようと思ってたのに」
元気そうね、なんてエイパムを抱き上げた。エイパムは彼女の腕の中でももぞもぞと動き、彼女は少し不機嫌な顔をする。
「こら、エイパム」 「…そう、見える?」 「ん?」 「落ち込んでないように、ちゃんと見えてるかな」
自分でも驚きだった。こんな弱気な台詞が自分の口から零れるなんて思ってもみなかった。それも、こんな自分より年下の女の子に向かって。こんな頼るようなかたち、自分らしくもない。 ナマエはぽかんと僕を見つめ、たっぷり3秒の空白の後「そうだね、」と口元に手をあてた。その隙に腕の中からエイパムが逃げ出したが、彼女はそんなことにも気付かないようで、僕を真っ直ぐ見つめた。
「私の予想では、今頃めそめそ泣いてるはずだったのに」 「……」
誰だそれ。間違いなくそんなのは僕じゃない。泣くなんて、そんなのあるわけないだろうに。
「だから、つまんないから泣いてくれてなきゃ。慰められないじゃない」
ふん、と偉そうに僕を見上げる瞳に、滲んでいるのは不安感だ。彼女は心配してくれている。ただ、不器用な彼女のこと、その気持ちを前面に押し出すというのが出来ないのだろう。
「ありがとう。何だか、さっきまでより大丈夫みたいだ」 「…変なの」
不満げな彼女が可愛らしく思えて笑って見せれば、それでも諦めて彼女も小さく笑った。
「ほんとに、ここはいつ来てもキレイね」
葉の間から溢れた光の中、気持ち良さげに目を細める彼女が妙に眩しく思えて、僕は思わず抱きしめたくなる衝動をこらえるためそっと目を閉じた。
20111231
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