※「黄色い目をした猫の幸せ」ネタバレ ヒロイン人間じゃない
南雲が捕まった。 私がそれを聞いたのは同じゼミの女の子からで、その子は佐倉教授のゼミの人から聞いたらしい。南雲は佐倉教授のゼミにいたから、多分その情報は正しいのだろう。彼女は「前から怪しい雰囲気だとは思ってたのよ!」と言葉を並べ立てて南雲を批判した。何でも車上狙いをしていたらしい。大学で過ごす8年目が終わり、中退することが決まっていた。
「やっぱ、ああいう人は何をしてもダメなのね!」 「・・・厳しいね」 「当然の評価だわ!」
そんな南雲に、世間の目は厳しい。目の前のこの子だけじゃない。多分、南雲を知る人のほとんどがこの事件のことを心のどこかで納得していた。 ああ、あの中退する人ね。前からちょっと変な人だったよね。捕まったんだ、へえ。―――そのくらいの気持ちでこのニュースを聞くのだろう。
だけど、私は。 私はその情報を聞いて、心のどこかで、どころか心の底から深く納得した。ああ、なるほどな、と思った。私は普段の彼をそこまで知っている訳ではないけれど、少なくとも私の目の前で南雲を詰る彼女よりは彼を理解してあげられているはずだ。
「――――ね、ナマエちゃんもそう思わない?!」
まなじりを吊り上げて息巻く彼女に曖昧な笑顔を返し、私はそっと目を逸らす。きっと、彼女よりは。否、おそらくはこの大学に在籍する生徒の誰より彼を理解するのは私なのだ。関わりもない、すれ違ったことさえ数えるほどしかない私こそが、彼にとっては唯一最大の理解者であったのだ。 そして同じように、私にとっても彼が唯一で最大の理解者となり得る存在だったのだ。
だから彼女のように、そう簡単には彼の生き方を否定することも、批判することも私には出来ない。私と彼とは、限りなく同一に近いモノだったから。 要するに、私は彼に仲間意識を持ってしまっているのだ。
***
「取り調べお疲れさま、南雲・・・だったかしら」 「・・・お前か。確かナマエ、だったな」
面会を許可され、南雲に会いに行ったのはその3日後のことだった。彼は相変わらずの様子で、こんな場所だというのに場違いな緊張感のなさが滲み出ている。それは"人間社会"での風当たりを全く気にしていないせいであった。 何故なら彼にはやり直しが可能であるから。いや、むしろ義務づけられていると言った方が正しい。南雲はあと何百何千の時を生きなくてはならないからだ。・・・私と同じように。
「犯罪は暇潰しになった?ウーストレル」
あえて彼の固有の名前ではなく、種族名で呼ぶ。それは私の仲間意識の表れだった。
「まあそこそこ。冤罪まで付けられそうになってよ、危なかったぜ」 「死刑なんかにされたら堪ったもんじゃないわね」 「だな。もー次はやんねぇかも」 「"南雲"はワルだったから、次は善人になるといいよ。私みたいに」 「じゃあお前は悪人だな」 「ふふ、それもいいかもしれないわね」
私は笑って「じゃあね」と手を振る。明日からはキャンパスで見かけることもないであろう同胞。私の生きていく道にはいないと思っていた。彼に出会えて、良かったと思う。例えそれが一瞬の出会いだったとしても。
「ナマエ、会った記念にいいこと教えてやるよ」 「うん?なに?」 「フカヤマギアキ」 「・・・何かの呪文かしら」 「同胞だ。あと2年ぐらいは久我山にいんだろ。何かあったら、そいつを頼ればいい」 「経験者は語る?」 「まあ、そんなトコ」
南雲はそれだけ言って、満足そうに笑った。初めて見る笑顔だった。キャンパスではあまり見かけなかった、新鮮な表情である。
「ありがとう、覚えておくわ」
私も笑い、今度こそ身を翻す。フカヤマギアキ。呪文のようにその名前を心の中で唱えて歩く。南雲のことは振り返らなかった。明日からは完全に無関係な存在だ。
南雲圭一。私のこの生涯において初めての同胞で、そして二人目から四人目までの同胞に出会う道しるべになった男だった。
20111127
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