「あ」
と、木鈴直也は短い言葉を漏らした。リングにぶつかったバスケットボールはそのまま大きくリバウンドし、空き地の隅へ転がる。彼はボールを追いかけようとし、その先に人間がいることに気付いてその速度を緩めた。 今日は自分一人のはずだと思ったが、他にも人がいたのだろうか。直也は自ら出した疑問に答えるべくそちらを窺う。
「誰?秋?」 「え?」
尋ねた声に、答えたのは予想した人物のものではない声だった。ここにいるなら彼だと思ったのだが、どうやら違ったようだ。その声は少年ではなく、少女のもの。
「あ、ええと、こんにちは」
そこにいたのは、紺色のブレザーを着た一人の少女であった。年の頃は16、7といったところか。おそらく高校生だ。 彼女は足元に転がる茶色のボールを拾い上げ、少し笑う。
「綺麗ですね」 「?」 「フォーム、とか」
手元のボールを撫でながら、少女は首を傾げてみせる。 どこの学校の生徒なのだろう。紺色ブレザーは制服だとは思うが、生憎直也は制服に詳しくなかった。持っているスクールバッグはパンパンで、サブバックにしているのだろう布地のトートバッグもそれ以上は何も入りそうにない。
「君は、家出中?」 「・・・どうして、そう思ったんですか?」 「なんとなく」
友人の推理力でも移ったのだろうか。直也にはそれが本当のことだとわかってしまった。 直也がそれ以上言及しないことを悟った少女は、直也の方へボールを投げた。バスケは未経験なようで、投げ方が不安定であったが、かろうじてボールは直也の元へ届く。それを器用に受け止め、少女へと向き直った。彼女はにこ、と笑いかける。
「少し見ていてもいい?」
また目的語が抜けていたが、今度は解った。
「いいよ」 「ありがとう」
それきり、無言になる二人。 寂しいバスケコートに、ボールが弾む音だけが響いた。
20110628
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