※ヒロインがタイムトリップ
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ポン!という気の抜けたような音と共に彼の前に現れたのは、まだあどけなさの残る小さな少女であった。何が起きたのか分からないようで、大きな目できょろきょろと辺りを見回している。 彼―――折原臨也はちょうど開きかけた携帯を畳み直し、彼女をまじまじと見つめた。瞬きを数回してみるが、少女の姿は消えない。むしろ、鮮明になった気さえする。臨也は無言で考えを巡らせ始めた。
つい先程まで、そこには自身の彼女である女がいたはずだった。彼が依頼主からの書類に目を通しているのを、前でつまらなそうに眺めていたのだ。彼はその物言いたげな視線を無視して仕事を続けた。そしていざ書類を置き、依頼主へ連絡しようと携帯を手にした瞬間に、冒頭のように少女が現れて彼女は跡形もなく消えてしまっていた、ということだ。 普通に考えればおかしいシチュエーション。しかし彼はあまり驚いてはいなかった。あるいはこういうこともあるのだろう、という静かな納得を以てその事実を受け止めたのだ。
まだ10にもなっていないだろう少女は、よくよく見ると先程まで同じ位置にいた女に似ている。そこで彼は自分が理屈では説明できない現象を目の当たりにしているのだと気付いた。いわゆるタイムスリップ、というやつだ。 臨也は自分の口元が笑みに彩られるのを感じながら、未だ事態が飲み込めていないらしい少女に向き直る。
「君、名前は?」 「え、とね、ナマエっていうの」 「そう」
予想通り。それは自身の彼女と同じ名前であった。その彼女の名前が出たことで、彼は確信する。この少女はタイムスリップした過去のナマエなのだと。 彼は少女を見つめ、唇を開いて小さく息を漏らした。
「・・・普通さあ、こういうのは5年後くらいの大人びた君が誘惑してくれるのがセオリーでしょ」 「せお、りー?」 「定説。・・・まあ分からないか」
首をかしげる彼女に苦笑いした。10年ほど前の姿だろうか。今のナマエとは随分違っているが、面影は見える。口元なんかそのままだ。見つめる唇が小さく動く。
「お兄さん、悪い人なの?」 「何でそんなこと聞くの?」 「黒い服だから!」
黒い服が悪人、なかなかの思考である。その考えでいくと、ゴスロリやら学生服やらお兄系やらスーツやらを着ている人間が全て悪人になってしまうことになるのか。そうなれば東京は悪人だらけだ。その基準で、果たしてあの池袋のバーテン服は悪人に入るのだろうか?少し気になる。 臨也が笑っているのを悪人のそれと思い込んだのだろう(あながち間違いではないが)。ナマエはきっ、と彼の方を指差して言い放った。
「あのね、人のめいわくになることはしちゃダメなの。道徳で習ったよ!」 「あぁ、あの無駄な授業」 「むだ違う!!」
すぐムキになるところは変わってないんだな。とおかしくなる。見た目は大分変わったのに。自分の気に入ったところが、昔からの彼女本来の気質なのだと考えると何となく嬉しい。
「じゃあ、ムダじゃないってことでいいよ」
機嫌よく言いながら、額にかかる髪をそっと横へ寄せた。あらわになった丸い小さな額に唇を寄せると、肩がびくりと強張る。
「10年経ったらまたおいで」
その言葉が引き金となったかのように、少女の身体が先程と同じようにふっと消えた。代わりに現れたのは・・・うん。
随分と慌ただしいタイムスリップである。
「あれ、私・・・?」
目を開けたナマエはまず二人の顔の近さに驚き、次に臨也の顔を見て更に驚いた。あの、と口を開く。こうして見れば驚いた顔は少し、少女のままの印象が残っているかもしれない。
「夢、見てた。今より10歳くらい若い臨也・・・の夢」 「はは、顔赤い」 「赤くない!!」
何だか面白いから、小さな彼女に会ったことは秘密にしておこうか。臨也はもう一度、今度は先程より少し広がった額に口づけた。
瞬間タイムスリップ
20110924 短編から移動 20110408 執筆
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